「いただきまーす。」
「いただきます。」
「いただきま、す……?」

オリーブ香るキノコのパスタ、その上にほんのり赤身の残る柔らかい肉を螺旋状に並べ、彩りに香草を添えて。白く清潔なクロスを敷いたテーブルには色とりどりの可愛らしい花束を飾って。広い庭、空は清々しいほどの晴れ、エイリーンと青年は食事の支度を終えて、手を合わせた。

「ああ、美味しーい!」
「うん、美味しいね。」

久方ぶりに会うエイリーンの隣に見慣れぬ青年がいるのを、ドラゴンはいぶかしげに見る。あれからエイリーンは、住んでいた町のずっとずっと遠くに住み着いた。ドラゴンの棲む山のふもと近くの開けた場所に住処を構え、隣の村で花を売り、野菜を育てて生計を立てるようになった。そして白の竜は相変わらず、一年に一度だけ彼女に肉を届けてきた。つまり直接会うのは一年ぶり。
……で、誰だ、この男は。

「エイリーン、もう少しゆっくり食べてもいいんだよ。誰に取られるわけでもないし、ましてやパスタは逃げやしない。」
「なによ、年下の癖に、親みたいなこと言うんだから……。」

二人の仲睦まじげなやりとりに、ドラゴンは少し面白くない気持ちになって、目の前の青年の頭から爪先までを品定めするように眺めた。ぼさぼさの茶色い髪に、ひょろ長い背。お世辞にも美形とは言えない目鼻立ち。ドラゴンの視線に気付いたのか、青年は食べる手を止めて、竜の白い目を見る。

「ああ失礼、初めましてでしたね、ドラゴン。お話は彼女からよく伺っていたので、全くそんな気がしなくて。私は彼女の夫になった者です。」

夫。その言葉に、決して軽くない衝撃がドラゴンを襲った。エイリーンに、夫。夫、つまり、つがい。エイリーンに一番親しく、近しいものは自分だと何となく思っていたのに。ドラゴンは衝撃を受けたまま、花に手を伸ばすのも忘れて固まる。そんな竜の姿を見て、青年はすこし申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

「あなたが来ないと彼女が嘆くから、庭に薔薇を沢山植えました。これで会いに来る口実が出来れば、もっと来てくれるかな、なんて、エイリーンはいつもぼやいているんですよ。」
「ちょっと、内緒って言ったでしょーよ……。」
「だって毎日聞かされてるもんだから、つい。」

青年の言葉に、白い竜は目を見張る。確かに近くに住んでいるとはいえ、ドラゴンは彼女の住処を訪れはしなかった。だって、会う理由が一年に一度の恩返し以外にとんと見つからなかったので。理由もないのに会いに行けば、きっと迷惑になるだろうと思って。

「だから遠慮せず、いつでも来てくださいね、ドラゴン。」
「それ、あたしの台詞だってば!」

見れば、青年のエイリーンを見るその眼は本当に優しく穏やかで。初対面の、しかも竜である自分にも礼儀正しく、恐れることをしない。いつだったか、酷く傷ついた日のエイリーンの顔を思い出す。彼女は、あの頃よりずっと幸せそうで、楽しそうで。それを成し遂げたのが自分ではなく目の前の男だと思うとやはり面白くない気持ちにはなるが、まあ、これなら認めてやらんこともないか、純白の竜は手を伸ばし、花束から薔薇を一輪抜いた。




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