硝子同盟

水槽の中はそんなに心地良かったかい


絡ませあった互いの指が解ける瞬間がついに来た。抱き続けて来た予感がその瞬間から現実と単語の名を改めて、根拠の無い不安の数十倍の衝撃と共に頭を直撃する。
冷たい手。その体温は彼が愛した人から血を継いだ何よりの証。触れられるとこちらまで凍りついてしまいそうなのに、離れてしまうと恋しく思うのは何故だろうか。
終わりはリボンを解くように呆気なく訪れて、そうして私の傍らを通り過ぎていった。

***

決して大きくなどない、だが確かに身の回りで起きた変化を此処に記す。
筆入れの中からシャープペンシルが1本減った。0.2ミリという微妙な細さの使い勝手の悪いものだったが、使用するでもなく捨ててしまうわけでもなく、それは理由無くいつも筆入れに入っていた。
押入れの奥の冬服を一杯に詰め込んだ箱からはトナカイの模様が織られたマフラーが一つ姿を消した。ノルディック柄を意識したもので、美しくはない色合いのやはり使い道に困るクリスマスシーズン限定の物だったけれど、贈り主が贈り主であったがために仕舞われたまま室内に存在していた。
ひらり、ひらりら、硝子に包まれた世界で雪が舞うスノードームが勉強机の上から無くなった。課題に息詰まってしまった時、現実から目を逸らしてはふりふりと振って中を泳ぐ吹雪を見つめていたスノードーム。無くなるとそこは何だか浩々として、落莫とした机上の景色だけが取り残された。
轟と別れてから、私の周りにはほんの僅かながらに変化が生まれた。
記念日なんて記し損ねて忘れてしまったからクリスマスと私の誕生日、二度ずつ贈られた数えられる程度の物で、正直彼が真面目に商品棚と睨めっこをしているところなんて想像できやしないし、おすすめだとか新発売だとかと綴られたものを流れ作業でレジに持って行ったのだろう。それが理由というわけではない。でも彼にとっての大したことなかったであろうそれらは、同じく私にとっても大したものではなかった。……なんて、何だか冷め切っているけれども。郵便パックに詰め込んでいく作業の中での後悔や躊躇いは気持ち全体の一割にも満たない。
彼から贈られたものが少しずつ周辺から無くなっていく。
びっ、と少し前に衝動買いを決めてしまったテープのりで張り付けて、その上から何の愛らしさもないマスキングテープで留めて。宛先は間違っていないだろうかと確認をした時、私は一つの忘れ物の存在を思い出す。

「……どうしよう、これ」

閉じ合わさっていたはずの歯がずれて、言葉が滑ってぼとりと落下した。
拾い上げたそれはポケットティッシュ。駅前で広告がてら配られているような、失くしたところで何の問題も生じないような、何の変哲もないただの普通のポケットティッシュ。
本当に、どうしよう。もう貼ってしまった。こんなもの放っておけばいいというのにこういう時に限って嫌な几帳面さや完璧主義が発動するのだから困ったものだ。あぁー、と吐息交じりの気だるげな呻き声を出してみる。
纏まらない脳内から導き出した結論は、保留。


2017/04/01

- ナノ -