硝子同盟

XX


番外編。
(すまっしゅネタ。)

妙な個性にかかってしまった、ということだけは理解できていた。というか、それ以外に原因が思い当たらない。
不躾に神経を撫で付けてくるもの全てが、違和、違和、違和。
手のひらを見る。握って開いてを繰り返す。鋭く尖った爪こそ普段の自分のものと変わりはないが、手はなんだか他人のものを取ってきてくっつけたように違っている。ごつごつしていて骨ばっていて、やけに大きくて、硬くて。
本当に一体全体どうしてしまったというのか。肋骨にぶつかる嫌な動機の出どころを、胸の辺りを自分の異様な拳で触れてみて、ぎょっとする。無いのだ、胸の膨らみが。八百万とは比べ物にはならない代物といえど、ちんまりとでも確かに存在していたまるみがそこにない。
もしやと思い、自分の腿と腿の間に視線を落とす。そこは股間。あるはずのない、あってはならない器官があることに絶望した。
嗚呼、やっぱり。
私、男の人になってしまっている。
抱えた頭に二つ、ぴょこんっ、とくっついている獣の耳のようなものが手に当たり早くも二度目の絶望感に包まれた。

「なまえ、無事か!?」

世界を変えるような声音。振り向けば、身体の半分を凍てつかせた人の影。
その人から見て、右半分の髪色は赤く、左半分の髪色は白い。色の別れた柳眉は仄かに釣り上げられ、緊張感を持ちながらもぱちくりとしている透いた瞳はさながら宝石で。
走り寄ってくる人物の持つはっきりと別れた鮮やかな色彩が陽光の元に照らし出されると、綺麗な顔立ちはより一層の彩りを持って視界に映る――要するに、すごく美少女。

「とどろ、き……? だよね?」
「あぁ、やっぱりお前も男に……」
「十中八九敵の個性のせいだろうけど、性転換ってどういうことなの……」
「だがそれだけじゃなさそうだ。俺の個性が左右逆になってる」
「えぇ!?」
「逆にする、っつうことは『反転』か何かだろう。ところでなまえのそれは……犬か?」

ぺたぺた、と頭を触る。轟の言葉を聞くに耳が生えているということでいいのだろう。首を回して腰のあたりを見ると、ふさふさの尻尾が揺れていた。
犬、ではないと思う。だって元は吸血鬼だぞ。
吸血鬼。御伽噺。夜闇の魔物。

「多分、『狼男』だと思う……」
「狼男」
「逆っていうのかなこれ。対でもなんでもないよね」
「肉球はあるのか?」
「お茶子ちゃんのところに行って、美少女さん」
「…………、」

不思議だ。轟が、美少女と言われてむっとしているのに、その表情すら愛らしいほどの美少女になっている。状況も理屈も全くわからないのにそこだけ妙に納得できてしまう。
だがしかし。性転換という意味ではイケメンから美少女への変化はあっている。だが反転というところから見ると醜女に変わり果ててしまっていても不思議はないわけで。運が良かった、美少女でよかった、と私はほっと胸を撫で下ろす。そんなことで事態は好転などしてくれないが、美少女がいるだけで心は大分楽である。

***

「つ、梅雨ちゃ……梅雨君? えっ、蛇? えっ? えぇっ? じゃすいつゆくん??」
「なまえちゃん、苗字は変えないで貰えるかしら」
「ごめんなさい、びっくりして。異形の私に効くんだから、そりゃあ梅雨君」
「梅雨ちゃんと呼んで」
「……梅雨ちゃんにもだろうけど、まさか食物連鎖をひっくり返すとは」

***

最終的に相澤先生がひっくり返された自身の個性『抹消反転』――『強制発動(インヴォケーション)』による解決の糸口を掴んだのだが。セロ、砂藤、八百万が元の個性を取り戻したことを喜ぶ中、邪な心を持つ二人の少年がそれを阻むべく立ち塞がる。切島、飯田、緑谷、轟、加えて何故か私を指し、この子たちはそのままで行きましょうよ、男女比半々にしましょうよ、と。

「私いま男だけど!?」
「立派なけもしょただろ。ろりじゃねえのが惜しいけど!」
「こんな時に性別の壁をロッククライミングしないでくれる!? 背に腹を変えないで。私は戻ります!」

ぎゃいのぎゃいの、と口論になるかと思いきや。

「先生続き……早くお願いね」

何をまるっと飲み込んだのやら、腹部を皮膚の下からもぞもぞと蠢かせる梅雨く……ちゃんには誰も勝てなかった。


2017/08/06
蛇吸梅雨君。笑。

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