16)願いが募るからこそ諦めきれないのか

「あ、の?」
「ちょうど人手不足で使用人を探してるから、いい人がいたら紹介してくれって頼まれてたんだ。猫の杓子も借りたいくらいらしい」
「猫は杓子持ってねぇぞー」
「カナエは家事全般こなせるから、ちょうどいいな。大丈夫、お前ならきっと気に入られるし気に入る」

 ミズキの指摘をさらりとスルーし、リオンはにっこりと作り笑顔を見せた。
 普段は絶対にしない表情にカナエが固まる。
 
 これは今思いついたのではなく、最初からそのつもりだったという事だろう。
 
「ここに居るより遥かにミノルに会い易い。我ながら名案だなぁ、これは早速今日から行った方がいいなぁ。思い立ったが吉日って言うしなぁ」

 チラチラと後ろを窺いながら棒読みでそう言うと、タイミングを見計らったかのように芸妓のサイが前に出てきた。
 
 手には少し大きめのカバンが握られている。
 
「はい、カナエの荷物」
「ええぇ!? 私の持ち物そんなので足りる程度しかないっけ!?」
「驚くとこ他にあるだろ!」

 勝手に話進めるなとか、私物漁るなとか! とたまらずミノルがツッコむ。
 
 そんなやり取りを皆が生温かい目で見ていた。
 
「あの、あの! もし王都での生活に馴染めなかったら花隈に戻って来るっていう選択肢はアリですか!?」

 こんな追い立てられるように出て行かされて、自分はここにいちゃいけないのだろうか。
 
 初めからここには一時的な滞在で、様子をみて王都に移住する予定ではあった。
 だけど予想外に花隈が居心地が良くて。
 
 もうずっとここに居ても良いと思えてくるほどだった。
 リオンはそれじゃいけないと色々考えていてくれたようだけれど。
 
 不安気に見つめてくるカナエの額をグイと押す。
 
「そうなったらカンナかイチトさんに言えば――」
「イチトさんは無理!!」
「あーじゃあ、カンナに花街に戻りたいって言えば戻れるように伝えとくから。いつでも帰って来いとは言わないけど、別に拒んだりしない」

 ぐるりと集まっている人達を見渡しても、みんなリオンの言葉に頷いていた。
 
 それならば心配する事はない。
 サイから荷物を受け取る。

「それじゃあカナエ、行ってまいります!」
「おお気をつけてなー」

 少し離れた所で待っていたカンナに促され、ミノルとカナエが歩き出す。
 と――
 
「カナエー! ミノルに乱暴されそうになった時は何も考えずすっ飛んで帰って来ていいんだからなー!」
「おい!」
「うん分かったー!」
「分かるな馬鹿かっ!」

 ひひひ、と下卑た笑いを零すミズキを睨んでいたリオンだったが、そういえば一度押し倒されていたなと思い出し、あながち無い話でもないかもしれないと考え直す。
 
 遠ざかる二人をぼんやりと眺めていたが、すぐに頭を切り替えた。
 
「もうお前等店の準備に取り掛かれ」

 カナエ達がいなくなっても、店は昨日までとなんら変わらず営業する。
 
「良かったのか? リオンも王都に行かなくて」

 からかっているのかとミズキを見上げると、彼にしては珍しく真顔だった。
 少し驚いたが表情には出さず軽く彼の胸を叩いた。
 
「まだまだミズキに店任せらんないからな。楽出来るのは当分先だよ」
「さいですか」

 カナエと同じだ。
 
 存外ここは居心地がいい。
 
 たまに変な事件も起こるが、のど元過ぎれば楽しかったような気さえする。
 
 まだ暫くは、欲望が渦巻くなんて馬鹿馬鹿しい謂われ方をする、この何でもありな街で生きていくのがいい。
 
「さぁて、ここんとこ落ちてた売上巻き返す為に、バリバリ働いてもらうかなー」

 腕を持ち上げて伸びをしながらの呟きを拾い上げた芸妓達からの非難を適当にあしらいながら、何となく見た景色には、遠くの方に聳えたつ王城があった。
 
 

fin.
'12.6.9〜'12.8.22



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