08)さようなら だれもさがさないでください

「よく迷わずに進めるな」
「慣れだよ、慣れ」

 きょろきょろと意味もなく周囲を見渡すミノルにミズキが笑って言う。
 
 二人共買い物の荷物を抱え、路地を歩いていた。
 
 近道だからとミズキが館と館の間の細道を潜って行ってしまうものだから、ミノルは慌てて後を追った。
 
 大通りを挟んで南北に一本ずつの小さな通り。それに面して多くの楼閣が並んでいるが、実はその路地に入ってもごちゃごちゃとした、小さな呑み屋やなんかが乱立している。
 
 ミズキは迷路のようになっているそこを、迷いなく進んでゆく。
 
「どんだけ無計画に開発したんだこの街は」
「態とだろ。花街に身をやつす奴なんざ碌なもんじゃねぇ。いつでも逃げられるように、逆に追いつめられるように、小路を滅茶苦茶にしてるんだ」
「じゃあ、熟知してるあんたも碌な奴じゃないって事か」

 軽い冗談交じりの嫌味のつもりだった。

 ミズキは顔だけで後ろにいるミノルを振り返ると、ニヤリと笑った。
 否定する気はないようだ。
 
「今は番頭なんてしてるけど、そもそも俺は店主も含めて女だけの花隈の用心棒としてつけられたんだ。前はこれで生計立ててたから、な!」

 言い終える前にミズキは、今度は身体ごと後ろを向き懐に隠し持っていた短剣を投げた。
 
 一瞬ミノル目掛けての行動かと思い、目をきつく瞑る。
 
 だが短剣はミノルの脇をすり抜け更に後方へと飛んで行った。
 
 キン、と金属のぶつかる音が聞こえてきた。
 ミノルが驚いてそっちを見やると、いつからいたのか、人が立っていた。
 
 こんな迷路で人に出くわす確率はかなり低い。まだどの店も開いてない時間帯なのだから尚更だ。
 
 つけられていた。
 
 ミズキはミノルを押し退けて、その人物との間に割って入った。
 
「道に迷ったなら大通りに戻る行き方を教えてやってもいいが?」
「ご親切にどうも。ですが私が探していたのは道ではなく、そちらにいらっしゃる方です。目的地に無事着きましたのでご心配には及びません」
「いやいや、心配だね。女のあんたの身体が傷物にしちゃったりしないかとな」
「それもまた、無用です」

 遠目だった為にミノルには相手の性別までは解らなかったが、どうやら女だったらしい。
 
 短く切りそろえられた髪、上から下まで黒ずくめの軍服。
 腰に提げていた剣は、さっきミズキの投げた短剣を払い落とした際に抜かれて手に握られている。
 
 軍人
 
 ミノルは声には出さず呟いた。
 とうとう来たか。
 
 店にいるのが一番安全だが、この街自体が王権の外の土地という事で、無暗に軍も手出し出来ないだろうとリオンは言っていたが。
 
 向こうはそんな悠長な事を言っていられない状況なのだろう。
 むしろ、ここ数日間静観していただけでも、随分と焦れていたに違いない。
 
 ポケットの中にある時計を探り握った。
 
「多少は手荒な真似をしても構わないと許可を得ています。貴方こそ怪我をしたくなければそこを退いた方が賢明です」

 女は淡々とした口調で言った。
 一応断っておく、というような体で。
 
 そんな態度が気に食わなかったミズキは鼻を鳴らした。
 
「二度も忠告して差し上げるほど、私は優しくありません」

 女は目を細めると、数歩の助走をつけた後ミノル達の方へと駆け寄って剣を振り翳した。
 


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