01.思い立ったが吉日

 カラーン、カラーン

 「おめでとうございます!」と満面の笑顔で金色のベルを鳴らす年配の男性と、今し方自分が引き出した小さな赤玉とを見比べた俐音は情けなく眉を下げた。

 夏休みも残すところ数日となった日、俐音は菊と二人で近所の商店街へ買出しに来ていた。

 初めは気にしていなかったのが、買い物をした店毎にくじの引換券を渡されれば一度くらいしなければ勿体ないような気がしてきて。

 軽い気持ちで引いてみたところ見事に俐音は一等を当てたのだった。

「私……これより二等の高級ステーキ肉の方がいい」

 レジャーチケットを受け取りながらそう言うと、隣にいた菊が目にも留まらぬ速さで俐音の頭を叩いた。

「すみまセン、いや嬉しいデス、本当ありがとうございマス!」

 全員が祝福ムードの中、くじを引き当てた本人だけが残念がるという、これ以上ないほどの空気の壊しぶりに肝が冷える思いがした。

 痛いなどと文句を言うがこれが叩かずにおれる状況か。
 空笑いをしながら菊は俐音の腕を引いてその場を立ち去った。

「あのデスね俐音。KYって言葉知ってマスか」
「菊みたいな人の事だろ」
「そんな私に場の空気が何たるかを説かれるようでは社会不適合者まっしぐらデスよ!?」
「あ、すごいこれ新しく出来たテーマパークのフリーパスじゃん」
「人の話は聞きマショう!?」

 菊の小言を右から左へ流し、俐音はもらったばかりのチケットに目を通す。

「……これ期限今日までだ!」

 何度目を凝らしてみてもチケットに記載されている日付は今日に変わりなかった。

「あらーじゃあやっぱ肉の方が良かったデスね」
「そら見たことか!」

 ただの食い意地が張っただけの発言だったというのに威張る俐音に菊は苦笑する。

「でも折角もらったのに勿体無いよな」
「そうデスねぇ」
「なぁ今から行こうよ菊」
「えー嫌デスねぇ」

 すげなく却下された俐音は頬を膨らませて菊を睨みつけた。
 菊の出不精は今に始まった事ではないから断られる可能性のほうが高かったにせよ、こうもあっさり撥ねつけられてしまうと逆に引き下がれない。

「菊のケチ! 今日の晩ご飯パセリだけにするからな!」
「どう頑張ってもパセリは主役になれないデショ!?」
「じゃあ紅生姜オンリー」
「栄養の偏りがハンパナイ!」
「着色料は有害なものを使用しています、食べすぎにはご注意ください」
「恐ろしい子……っ」

 地味な嫌がらせだが確実に効果はあるらしく、傾きかけた菊にもう一歩と更に畳みかける。

「きく……」

 消え入りそうな声で悲しさを表現する。瞬きもせずに菊を見つめていると徐々に彼の顔に焦りが浮かび始めてきた。

「……もーやめてくだサイ、その目で見られると捨て猫と戯れておいて結局その場に置き去りにして帰るときと同じ罪悪感が……」
「じゃあ行く?」
「仕方ないデスねぇ」

 俐音の粘り勝ち。

 一旦家に帰って手に提げている荷物を置いてから、二人はチケットを持ってまた直ぐに外出する事にした。
 



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