おひめさまとかみさまたちと
広間での娘の紹介が終わると、今日1日の出陣や内番の指示がされ、その場はすぐに解散となった。
審神者の復帰初日、この2年間、現世から頻繁に連絡をとり審神者業を行っていたとは言え、やらなければならない仕事は山のように溜まっている。
執務室には重要な書類が多くあり、娘を入れるわけにも行かない。陽葵は広間での宣言通り、山姥切国広に任せられた。
見知らぬ場所でいきなり母親から離され、不安になるかと思いきや、泣くことも無く
「まんばくんと、たんけんしてくぅね!」
と笑顔で手を振り、山姥切に抱えられて本丸の散策に出掛けて行った。
母親からしてみれば、安心したような寂しいような複雑な心境である。
娘の頼もしい姿を見送り、審神者も長谷部を引き連れ執務室へと向かった。
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「主、少しいいかな」
審神者が山のように積まれた書類に取り掛かり出して暫くして、部屋の外から声が掛けられた。
「燭台切か。ああ、いいぞ」
「今日の夕餉で陽葵ちゃんの歓迎会をしようと思うんだけど、いいかな?」
「宴を開くってことか。別に構わないが、今日いきなりで準備は大丈夫か?」
燭台切曰く、この本丸内で料理の得意な歌仙、堀川、そして自身が非番なためご馳走を作るとのこと。
食材も、元々審神者の復帰祝いと称して宴を開く予定だったため、買い出しに行かなくても十分にあるらしい。
話を聞くと審神者は、それなら大丈夫そうだな、と頷いた。
「あと、陽葵ちゃんの好きな食べ物って何かあるかい?」
「ハンバーグとかだし巻き玉子なんかが好きだな。ふふ、ありがとう。あの子も喜ぶよ」
「それなら材料もある筈だ。腕によりをかけて作るよ」
「ああ。…だが、あくまであの子の歓迎会だからな。くれぐれも羽目を外し過ぎないように、あいつらに釘を刺しておいてくれ」
その言葉で頭に浮かぶのは、度々開かれる宴会で毎回のごとく酔い潰れて収拾のつかなくなっている面々だ。
燭台切は苦笑を漏らすと「わかったよ」と答え、執務室を後にした。
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夕餉と共に始まった小さな主役のための歓迎会。その右隣には母親である審神者が、左隣には一日ですっかり懐いてしまった山姥切が座っていた。
自分のための歓迎会だとは当然理解していない宴の主役は、器に盛られた好物をスプーンで一生懸命口に運んでいる。
「ママ、ごはんおいしーね」
「ああ、おいしいな。今日のご飯は燭台切たちが作ってくれたんだ」
審神者が燭台切、歌仙、堀川を呼ぶと、それぞれ座っていた場所から立ち上がり、歩いてきた。陽葵よりもかなり大きな3人が一斉に近寄って来たため、ビクリと体を動かし審神者の着物を掴んだ。
「ビックリしちゃったかな?僕は堀川国広です。よろしく」
「まんばくんとおなまえいっしょなの?」
「僕たちは兄弟だから。ね、兄弟」
「ああ…」
"兄弟"の意味が理解出来ず、山姥切と堀川の顔を交互に見比べる。その頭の上には疑問符が見えそうだ。
「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」
「かしぇん?」
「歌仙、そんな難しいことを言ってもこの子は分からんぞ」
審神者が突っ込んだのも気にせず、歌仙は陽葵に柔らかく笑ってみせた。
「陽葵ちゃん初めまして。僕は、燭台切光忠」
「しょっ、きぃ?」
「みつただ」
「みちゅ、ちゃ…みちゃ、みっちゃん!」
「みっちゃん、か。君にそう呼んでもらえるなら光栄だね」
「みっちゃん、おめめいたいたい?」
そう言って燭台切の眼帯に小さな手を伸ばす。八の字に下がった眉尻からは、初対面にも関わらず本気で心配していることが伺える。
「これは怪我じゃないから、痛くないんだよ」
「ほんと?いたいたいのない?」
「大丈夫だよ」
その言葉に安心したのか、へにゃりと笑ってまただし巻き玉子を食べだしたのだった。
―――――――――――――――
「――眠ったのか」
山姥切が目をやった先には、審神者の膝を枕にして寝ている、本日の主役の姿があった。
つい先程まではご馳走を美味しそうに頬張っていたのだが、急に審神者の膝に凭れてきたかと思えば、そのまま眠ってしまったのだ。
「疲れていたんだろうな。楽しそうではあったが、この子にとっては初めてのことだらけだ」
いつもは夜が遅くて苦労しているのに、と娘の頭を優しく撫でながら零す。
「なあ、山姥切…この子はここでやっていけそうか?」
「…問題ないだろ。昼間も庭で会った短刀たちと鬼事をしていたくらいだ。それに――」
こいつはあんたの娘だろ
「ああ、そうだな…」
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