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サンドリヨン[Cendrillon] 05


滝からの見送りを受けて撫子はアトベ家の城へとやってきた。少し前の仕事で言ったヒヨシ家の城とは比べ物にならない。

「でっかぁ…この国にこんな城あったのか…税金のほとんどはこの城に消えてんのか…クッソ。」

悪態をついて大広間へと向かう。人で溢れかえる。
撫子が一番不安に思っていた忍足との遭遇だがこれだけ人が居るなら大丈夫だろう。それに、変装を兼ねてサンドリオンの時は緑色をした髪でツインテールに纏めてあるのだから。

「楽しんでますか?御嬢さん。」

それからある男が近づいてきた。人形を思わせるような整った顔。こんな素直にそう思ったのは初めてである。目元には泣きぼくろ存在し、美しい瞳。気持ちのすべてを盗られた気がした。

「…えぇ、とても。私に何か御用ですか?」

「いえ、一人で居られたので…よろしければ私と踊ってくださいませんか?」

「こんな私でよろしければ。」

仕事をする前にダンスに興じるのは如何なものかと思ったが、無下に断って目立つことは避けておきたい。数曲踊ったところで気が済んだのか、簡単な挨拶をして撫子から離れて行った。
それから再び一人になり今度は誘われない様にと片手にはグラスを持っておくことにする。

「よ、シンデレラ。」

その名を呼んできたのは身分のよさそうな服を身に纏って長い髪を後ろでくくっている男。

「シシド様ではありませんか。ご機嫌麗しゅう?」

「…あぁ、話は聞いてるぜ。さっそく情報だが、今一人で居る様にチョウタロウが案内している。今はバルコニーに居るんじゃねーの?」

「あぁ…そうですの、その者は今?」

「執事だ。相変わらずここは厳しいからな。さっさと行った方が良いぜ?勿論助ける。」

「そう…なら、さっそく踊ってもらいましょうか。」

計画通り撫子は宍戸と接触して、宍戸は鳳から預かっている情報を撫子に流す。何度もこのメンバーで仕事をしているから慣れたものだ。撫子は誰にも気づかれない様に跡部が居ると言うバルコニーを確認できる別のバルコニーまで足を運んだ。
実際行ってみるとあちらの様子が丸見えである。撫子は感づかれない様に身を屈めてターゲットの顔の確認するためにオペラグラスを覗き込む。

「え、嘘!あいつが王子!?」

さっき踊っていた男が王子だったようだ。何故先ほど気づかなかったのか、それは顔を今まで拝めなかったから。だって今まで公式の場に跡部が出てくることは無かった。信じられないと言う気持ちが支配して少しの間拝んでいたら跡部がこちらをふと向いた気がした。

「!?」

思わずオペラグラスから目を離してしまった。もう一度覗きこんでみるがその先に先ほどまで居た跡部の姿が見当たらない。

「チッ、気づかれたか!」

初めて下準備の段階で気づかれてしまった。今まで気づかれずに完璧にこなしてきたと言うのに!
今日はもう帰った方が良いかもしれない。宍戸達には定期連絡を入れなかったら緊急事態で退却することを伝えてあるから問題は無い。
撫子は逃げる様にその場を駆け出す。動揺からか指先が震える。それでも今は捕まることは避けなければいけない。捕まったら仕事失敗として自分の命が奪われる。走り辛い靴を脱ぎ捨てて撫子は駆ける。スロープの上を全速力で走り抜けた。

しかし次の瞬間立ち止まってしまうことになる。何故ならその先に跡部が待ち構えていたから。跡部は先程までつけていなかった仮面をつけていた。しかし跡部の一番の特徴である泣きボクロや、凍てつく瞳は仮面如きでは隠すことができていなかった。そんな出で立ちを下跡部は片手にグラスを携えて堂々と立っていた。

「おやおや、御嬢さん。そんなに急いでどちらに向かうのですか?舞踏会はまだ終わっていませんよ?」

跡部はワザとらしく時計に目をやる。撫子は金縛りにあったかのようにその場から動けない。
落ちついて考えろ。coolになれ。まだ私がケイゴの命を狙ってオペラグラスで覗いていた奴だとは知られていないかもしれない。私は今、ケイゴ王子と踊り終えた際、体調不良を覚え、楽しい舞踏会を泣く泣く去ってしまう哀れな女。

「少し体調が思わしくなくって…。」

「それは大変です。まだ飲んでいないのでこのレモネードでも飲みますか?」

持っていたレモネードを跡部は存在感を増すように顔の高さにまで掲げ、撫子に提案をした。それを断ることもせず、撫子は受け取ろうとしてしまう。こんな些細な行動が全てを狂わしてしまったのだ。

「ありがとうございます。」

「お礼は要りませんよ。」

「お優しいのですね王子は…。」

撫子は跡部から差し出されたグラスを受けとろうとした。しかし跡部の手からワザとと言うのだろうか、グラスが零れ落ちた。落ちるグラスから溢れたレモネードの雫が撫子の顔にかかってしまう。しっかりと受け取っていなかったので撫子の手からも跡部の手からも無残にも落ちてしまったグラスが地面に叩きつけられ音を立てて割れた。

「キャッ!?」

「お前という奴がこんなところで失敗するだなんてな。」

先ほどまでの優しそうな雰囲気は何処に行ったのか。今あるのはしてやったり、と言った感じの空気である。

「…どういう事でしょう?」

「何故俺様だと知っているんだ。俺様はまだ下々の者に俺はケイゴ・アトベだと言うことを発表をしてなはずなんだが?」

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