どれだけの時間が経っただろう。涙がようやく枯れてきた頃、ずっと口を閉ざしていたアカネが動いた。

「タツミ殿。君にこれを受け取って頂きたい」

 アカネが差し出した掌には、髪留めが置かれていた。それは見慣れた物と少しデザインが違っていたが、形状はタツミがよく知っている物と酷似していた。

「これって……もしかして」

「そう、フィンネルの髪留めです」

 思わずタツミはアカネの瞳を見た。伏し目がちなその瞳は、何も語らない。

「随分昔の物なのですが……どうかこれを、フィンネルと思って受け取って頂きたいのです」

「こんな大事な物……どうしてボクに?」

 アカネは、クラスタニア将軍としての使命と同じ、あるいはそれ以上に、フィンネルのことを大切に思っている。
 それなのに、自分なんかがフィンネルの形見とも呼べる品を持ってしまって良いのか。

「君は、外の世界からの来訪者。いずれ元の世界に帰るつもりなのでしょう? 例え君が元の世界へ戻ってしまっても、何かフィンネルと君を繋ぐような物があれば、フィンネルはきっと喜ぶと思ったのです」

 アカネの口許が、微かに優しい弧を描く。

「それに……何より、フィンネルの友人として……。君には、フィンネルのことを忘れて欲しくないのです」

 髪留めを見るアカネの瞳が揺れた。僅かな変化だったが、それは彼女がどれだけフィンネルのことを想っているかを暗に示していた。
 ひとつ息を吐き、タツミを真っ直ぐに見据えてくる。控えめだが凛とした意志の籠もった視線は、どこかフィンネルと似ていた。

「私のことでしたらお気遣いは無用です。私の家にも、フィンネルとの思い出の品はありますから」

 タツミはまた涙を零してしまいそうになる心を必死に奮い立たせ、髪飾りを手に取った。少しだけ指に触れたアカネの掌は、思ったよりも冷たかった。

「ありがとう、アカネさん。大切にするよ」

「こちらこそ礼を言わせて頂きます。ありがとう、タツミ殿……」

 頭を下げるアカネに、慌てて首を振る。

「お礼を言われることは何も……」

「私がそうしたいのです。どうかお気になさらないでください」

 困っていると、苦笑を浮かべて肩をすくめていたアオトと目が合って、少し心が軽くなった。

 髪飾りに、そっと両手で触れてみる。
 握り潰されるような痛みではなく、疼くような感覚がちりちりと胸と焦がす。

 愛おしい。
 記憶に残る彼女の姿が、声が、仕草が、全てが愛おしい。

 どんなに後悔しても、どんなに求めても、フィンネルの存在が戻ることはない。だがそれならば、記憶に残る彼女を、自分の心の中で生き続けるフィンネルを愛していこう。
 それが、自分がフィンネルに対して出来る最善のことだと、タツミは思った。

 ふと窓に目を向けると、空色の鳥が、窓枠に止まって首を傾げていた。

「ねえ。アオト、アカネさん」

 太陽を隠していた雲が去り、辺りがさあっと明るくなる。
 鈍色だった空は、鳥と同じ色へと戻っていく。

「2人は……知っておいてくれるかな。ボクも、フィンネルが大好きだってこと……」





 ――嗚呼、そう言えば、堕天峰でフィンネルと約束したことがあったっけ。

 まだメタファリカに帰る訳にはいかないって、さーしゃに伝えなきゃ――。











*



 サキのノーマルEDでフィンネルが消えてしまったことがあまりにもショックで、衝動的に書こうと思ったネタです。

『タツフィンが公式だったら、タツミは……!』ということをひたすら考えました。
そして予想を遥かに上回る文字数となりました。

 例えこの結末を迎えても、どうにか2人が幸せになれないものか、と思う。





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