きっと、彼女は助かるのだと。サキがアルファージを謳えば、フィンネルは辛い宿命から解放されると――信じていた。

 なのに、アルファージの最後の一音が奏でられた時、フィンネルはそこにいなかった。何度瞬きをしても、見慣れた少女の姿はタツミの目に映らない。

「……フィン、ネル……?」




心に君を抱く





 本来ならば、フィンネルの消滅は有り得ない。しかしアル・ルゥとの精神融和が想像以上に進行していた為に、フィンネルも抗体と共に消去されてしまったのだと、アルキア研究所に戻った一行にラファエーレは語った。

 ラファエーレの目は言葉よりも雄弁だ。奴の鉛のような瞳は、フィンネルを犠牲とすら思っていない。ラファエーレにとって、フィンネルはただのアル・ルゥの付属品に過ぎないのだ。タツミは殴り掛かってしまいそうな衝動を必死で抑えた。

 それはサキにアルファージを謳わせたラファエーレに対するものでもあり、フィンネルは助かると何の疑いもせず信じていた自分自身に対する怒りでもあった。

「……そうだ! サキのコスモスフィアの奥深くに取り込まれているってことは、サキにダイブすればフィンネルに会えるってことか!?」

 やけにはっきりと聞こえてきたアオトの声に、タツミは我に返った。そして一瞬遅れてその意味を理解する。

「よし! じゃあ俺、サキの所に……」

「待って、アオト!」

 医務室に向かおうと踵を返したアオトの腕を、タツミは慌てて掴んだ。驚いて真ん丸になった瞳と目が合う。

「アオト、ボクにもサキにダイブさせて! フィンネルに会わせて!」

「タツミ……」

 息苦しい程の静寂が訪れる。
 今までの自分の言動からは想像し難い取り乱しっぷりだと、タツミも理解している。しかし、この状況で、これ以上自分を押し殺すことは出来なかった。
 狂おしい程の焦燥と絶望から逃れられるならば、体裁など無いにも等しい。
 タツミは身動きも出来ず、ただアオトの瞳を見つめた。

「残念ながら、それは難しいな」

 響き渡ったラファエーレの声に、先程の激情がタツミの心に再び燃え上がってくる。

「何でだよっ!?」

 ラファエーレをただ睨むタツミの代わりに、アオトが喰って掛かった。

「他人の精神が、自分ではない誰かの精神の奥深くに存在する……それは、非常に不安定なパワーバランスのもとに成り立っている」

 落ち着いた声は、ラファエーレのものではない。アオトと共に、タツミは五条の方へ振り返った。

「ほんの僅かな負荷でも、掛かった途端にフィンネルの精神がかき消えてしまう可能性がある。2人も、咲にダイブさせられる余裕は……残念ながら無いだろう……」

 五条の瞳は哀しげに揺れている。その向こうに、今にも泣き出しそうな自分が映っていた。

「今の咲に負荷を掛けず、ダイブ出来るのは……今までずっとサキにダイブしてきたアオト君くらいだ」

 どこまでも無情な現実に、長く、息を吐いた。
 どうして、どうして。どうしてこうなってしまったのだろう。
 自分は、彼女に、フィンネルに、何もしてあげられなかったのに。

「……タツミ、俺……」
「ごめん、アオト。行って」

 目で動揺を悟られないよう、タツミは帽子を深く被り、目を閉じて体を背けた。そんなことをしてもバレバレだとは分かっていたが、そうでもしないと胸に渦巻く激情に負けてしまいそうだった。

 もう自分はフィンネルと会えない。たった一言、言葉を交わすことさえ出来ない。つり目がちなその瞳を、一瞬でも見ることすら叶わない。
 心が絶望に沈む中、口許だけは何とか笑みの形に歪めた。

 アオトが躊躇っているのが、気配で分かる。
 仕方なく首だけ動かしてアオトの顔を見ると、先程の五条の瞳を介して見た自分と同じくらいに、泣きそうに歪んでいた。

 嗚呼、自分のことなど気にしなくて良いのに。今更、失う直前になって、ようやく優しさを見せようとしている馬鹿な男のことなど――。

「早く……行ってあげて」









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