一般論なんて関係ない





 アオト一行はアルキア株式主権都市国家に到着し、町の宿屋『油楽屋』に宿泊していた。

 もう月は高く昇っていたが、五条はまだカテナと出掛けていて、部屋にはアオトとタツミの二人きりだった。
 アオトはベッドの上であぐらをかいてぼんやりしていおり、タツミは備え付けの机の上に愛用のVボードを乗せて、椅子に腰掛け手入れに勤しんでいた。

「お前はさぁ、もうちょっとフィンネルを構ってやれないのかよ?」

「……はあ? 何の話さ」

 呆れた口調で発された台詞に、タツミは眉ひとつ動かさずに返した。

 つれない返事するタツミだが、アオトがフィンネルのことを口にしたのはタツミの一言がきっかけだった。

 ――アオト、フィンネルの所に行ってあげたら? 退屈してるだろうしね。

 今まで共に旅をしてきたレーヴァテイルのサキが、アルキア研究所に保護された。
 仲間にはフィンネルと彼女以外に女性がいなかった為に、男部屋と女部屋に別れている今は、フィンネルは1人で部屋にいることになる。
 タツミの見たところ、フィンネルは運動神経はともかく活発な性格なので、1人で部屋でじっとしてるのはつまらないだろう。それなら仲良の良い――少なくとも自分よりは――アオトを彼女の所にやってやろうと彼なりに気を遣ったつもりだったのだが、アオトはそれが気に食わなかったらしい。

 頬杖を突いて、説教くさい親父のような声色でタツミに言葉を投げかけてくる。

「何の話って、そりゃ言葉通りだろ? 昼間だって、フィンネル放ったらかしでさーしゃと話し込んでたみたいだし」

「さーしゃに用があったから話してたんだけど、それの何が悪い訳?」

 ハァ、とアオトの口から溜め息が漏れる。

「悪いっていうかさ、もっとフィンネルのこと考えてやれっつーの」

「何でさ?」

「……お前、わざと言ってないか?」

「若干」

「若干、って……お前なぁ」

 くしゃりと頭を掻くアオト。
 上手い言葉が見付からないらしく、うーんとそのまま頭を抱えた。

 アオトが黙った隙に、タツミは作業を続行した。
 敵との戦闘では武器代わりに使っているので、日が沈む頃にはすっかり汚れている。血や体液による汚れを、綺麗なタオルで丁寧に拭いていく。

「退屈させて悪かったとは思ってるよ? でも、だからと言って用事を二の次にするのは非効率でしょ」

 話題となっているのは、昼間、アオトとサキがアルキア研究所に行っている間、フィンネルと一緒に町を散策していた時のことだ。
 最初こそ店や、町の目玉であるVボードスタジアム等を見て回っていたのだが、一通り町を回り終えると、タツミは宿屋の近くにある調合屋『にゃにゃ屋』で、フィンネルを放って店主のさーしゃと話しこんでしまった。
 店に来てしばらくの内はにゃにゃ屋を物珍しそうに眺めていたフィンネルだったが、退屈したのか1人で再び町の散策に行ってしまって、結局宿屋で合流したのだった。

 さーしゃはタツミの同郷の友人であり、異才と言っても良い調合の腕から、Vボードのメンテナンスを含め色々と世話になっている。
 そんな人物に久しぶりに会えば、長話になるのも仕方ないではないか。

 それに、アオトは何故かフィンネルが自分に気があると思っているようだが、それは年相応に色恋沙汰に興味のあるアオトの思い込みだ。
 確かにフィンネルにそう思わせるような言動はあったが、それはタツミの持つ大地の心臓について聞き出す為。アオトが思っているような淡いものは欠片も無いのだ。

「フィンネルがお前のことどう思ってるか、勘の良いお前に分からないはずがないだろ?」

 アオトの口調はついに非難めいてきた。真実を話せればどれだけ楽だろうか。
 大地の心臓は、タツミのトップシークレットだ。
 例え背中を預けた仲間であれど、おいそれと話す訳にいかない。
 もしそれがきっかけでタツミ自身の秘密がバレてしまったら、タツミは自分を見込んで任を託した『彼女』に顔向けが出来なくなる。

「……分からないよ。他人が思ってることなんて、所詮想像に過ぎないんだし」

「そりゃあ……俺だってフィンネルに直接に聞いた訳じゃないけどさ。あいつドン臭いから、考えてること結構バレバレな時あるし……」

 今回のアオトは特別しつこい。恐らくサキを研究所に残してきた寂しさを紛らわそうと、無意識に必要以上に絡んで来ているのだろう。
 同情はするが、タツミも堂々巡りの話題にうんざりしていた。
 咲の事を思い返していると、ふと、いつもと違う抜け道を思い付く。
 これならアオトを言いくるめられるのではと、タツミは手を止めてアオトの方に振り向いた。

「第一さ、アオトは女の子の好みってのを分かってないよ」

「女の子の好みィ?」

「そう。分からないでしょ?」

 蒼谷の郷には、同年代の人間は女の子どころか男もろくにいなかったはずだ。
 年上に囲まれてい為に耳年増のはずだが、同年代との会話だと新鮮に聞こえるのだろう。案の定アオトは食い付いてきた。

「そりゃー、それなりには……お、お前は分かんのかよ!?」

「まあ、大体はね。いい? アオト。女の子ってのは、背格好が良くて優しくて、頼りがいのある人に無意識に憧れるんだよ」

「……そうだな」

 頬杖を止めて、腕を組んでうんうんと頷くアオト。

「だから、ボクみたいな背が低くて愛想の無い奴が、女の子に好かれる訳ないの。以上。この話終わり」

 ぴしゃりと言い切って、タツミはアオトに向けていた顔を机に戻した。

「ちょっ、勝手に終わらせんなっ!」

 いきり立ったアオトがベッドから立ち上がる気配がした。無視していると、肩を掴まれて無理矢理アオトと向き合わされる。

「もう、しつこいなぁ。話すことはもうないんだけど!」

「俺は大いにあるぞ! タツミ、まずこれだけは言わせてくれ!」

「……何?」

「愛想が無いっての、自覚あったんだな」

「……アオトって本当にぷーだよねっ……!」

 アオトの腕を強引に振り払って、Vボードの手入れを再開する。
 さすがに失言だと気付いたのか、

「ああっ、ウソウソ!悪かった!」

 と、誠意の余り感じられない謝罪をしてきた。

「はぁ……まったくもう」

 これ以上不毛なやり取りを続けたらかえって疲れる。
 根負けしたタツミはボードを置いて、きちんとアオトと向き合った。

「しっかし……お前、案外ちっこいことも気にしてるんだなぁ」

「別に、気にしてるって訳じゃないけど」

 アオトは、それなりに身長がある方だ。
 自分とは頭一個分くらいの差は余裕であるので、容姿が似ていたら兄弟に間違えられていたかもしれない。

「まあ、確かに女の子より背が低いってのは、男としてはちょっと痛いよなぁ……」

 対してタツミは、男子としてはおろか、例え女子として考えてもかなり小柄な部類に入る。
 雰囲気と言動からかなり幼く見えるサキでさえ、隣に並べばはっきりとそれが分かるくらい、タツミより背は高い。
 正直、フィンネルのことを抜きにしても、タツミは自分が女の子に好かれるような要素があるとはまったく思っていない。
 自分が女の子でも、今の自分に好意は抱けないだろうと本気で思っている。

「でも大丈夫だろ! フィンネルの奴、タツミ一筋って前に言ってたし!」

 なのに、この目の前の男は、どうしてこうも鈍いと言うか、分からず屋なんだろうか。

「はぁ……本当に、アオトっていらんお節介焼きだよね」

「面倒見が良いって言えよ。ホラ、たまにはお前がフィンネルの所に行けって!」

 不意に腕を引かれバランスを崩したタツミは、体制を整えるのに立ち上がることを要した。
 アオトは腕を掴んだまま、反対の手で部屋の扉を指差す。

「何でボクが!」

 いつの間にかアオトのペースに呑まれてしまっていたことに気付いて、慌てて抵抗をする。
 するとアオトは予想外にあっさりと腕を掴んでいた手を離した。

「昼間のこと、悪いとは思ってんだろ? だったら少しは埋め合わせしてこいよな」

 ぐっとタツミは押し黙った。そう真面目に諭されると弱い。大地の心臓を巡るやり取りがあってから、必要以上詮索されない為に少々距離を置いていたが、別にフィンネルが嫌いな訳ではないし、邪険にしたい訳でもない。

 ため息を吐いてから、タツミは扉に向かって歩き出した。
 少しでもフィンネルと話をしてくれば、彼の気も収まるだろう。

「勝手にボードに触らないでよ?」

 せめてもの反撃に、急に表情を緩め出したアオトに向かって少々キツめ言ってやる。
 しかし、アオトは少しも堪えた様子もなしに、

「分かってるって!」


 と拳を突き出し、親指を立てて見せた。

 再びため息を吐きながら、今回ばかりは完敗かもと、タツミはフィンネルの居る部屋へと向かうのだった。






中編へ続く




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