short | ナノ
「さぁ、生徒諸君、今年もこの時期がやって来た。
準備は万端か?やるべきことはわかっているな?
持てる力をすべて発揮し、全力で自分の部のアピールをしてほしい。新入生を力の限り楽しませろ。そしてなにより、自分が楽しむことを忘れるな!」
しん、と静まり返った講堂に響く凛とした声。
教壇の端に手をかけ、姿勢を低くしてマイクへと喋っていた男の口が、ニヤリと大きくつり上がる。
「―――新歓戦争の始まりだぁ!!」
【動機が純】
学園の絶対権力者である生徒会長が開戦を宣言してから数日。中庭には屋台が立ち並び、ステージでは途切れる間もなく様々なパフォーマンスが行われていた。体育館もグラウンドも図書館も音楽室も、どこもかしこも人でごった返している。
この学園において、文化祭に次ぐ大イベントである、新歓期。
普通の高校とは違い、大学のようにこの時期はどの部も新入生獲得のために異様に盛り上がる。別にこれといった理由はないのだが、そもそものこの獲得競争の発端は生徒会と風紀委員会だったという噂が真しやかに囁かれていた。今のようにスカウト制でなく、様々な制限もなかった頃に繰り広げられた二大勢力の競争に触発されて、他の部活も参戦するようになったのだとか。
さて、そんなすべての部活が総力を尽くして自己アピールをしている中、一際新入生が注目している部活が、ひとつ。
―――スパンッ!
「「っしゃあ!!」」
「落、皆中です」
しん、とした空気に響く気持ちのいい音。
拍手と共にわっと沸く道場。
残心をとっていた射手が弓を戻し、体の向きを変えてすっと戻ってくる。最後に小さく頭を下げると、再び盛大な拍手が沸き起こった。
弓を置き、正座をして右手につけていた懸を外す。
すでに他の射手が数人引き始めているというのにまったく外されない大量の視線を一身に受け止めながら、彼は目を瞑ってふー、と長く細く息を吐いた。しばらくそうして瞑想したあとふっと目を開けると、体を揺らすことなく綺麗に立ち上がり、ある人の元へと向かった。
「部長、ちょっといいですか」
「お、お疲れ。皆中かっこよかったぞ、よくやった」
「…ありがとうございます。あの、ちょっとお話が」
「今はダメだ。部活中だ、集中しろよ」
「この状況でですか?」
「集中しろ、試合の予行演習だと思え。できないとは言わせねぇよ?」
後輩の射もちゃんと見てやれよ、とぽんと肩を叩いてから射を見に近くまで行ってしまう。いつものなんら変わらない部長。しかし部員はそうはいかない。
試合とも、審査とも違う雰囲気。余所者の存在によってどこか浮かれた空気になっているのに、同時に彼らに見られているというプレッシャー。現に部員達も見学者が異常に多い状況に緊張しているのか、いつもの射とは少しずつ違ったことをしてしまっていた。自分は慣れているからいい。だけど、他の部員はそうじゃない。
(まったく、あの人は無茶を言ってくれる)
普段と同じように振る舞う後ろ姿を眺めつつ、がしがしと頭をかきながら彼は小さくため息を吐いた。
***
「引き分けで弓手と馬手のバランス悪いぞー、弓手先行にしろよ」
「狙いちょっと後ろじゃない?」
「お前胴造り下手だよな、縦線と肩線の意識できてる?」
「離れで弓手ぶれるのどうにかしたいなー」
部活が終わり、自主練をする部員達のお互いを注意する声が飛び交う道場。見てくれと指導を頼まれた何人かを見つつ、ちらりと新入生と話している部長を見る。入部方法やらなんやらを説明しているが、果たしてあれに意味があるのかどうか。弓道部に入りたいと思って来ている生徒なんてほとんどゼロなのくらい、部長もわかっているはずだった。
にこやかに、外仕様の綺麗な笑みを浮かべながら説明する部長。背が高く、仕事もできる風な男前を前に、自分目当てで見学に来たようなミーハーな生徒達が食いつかないわけがなく。
きゃっきゃっじゃれている様子を見るのが嫌で、彼はふっと視線を外した。
「あー…お前は物見が甘い。そのせいで狙いずれてるし頬付けついてんのに弓が体から遠いぞ」
「あっなるほど」
「あと先輩は馬手に力入りすぎじゃないですかね?気ぃ抜くと上に抜いてるのはそのせいかと」
「あーだよなー…うーん」
俺も見て俺も見てと絶えることのない声に応えつつ、再びちらりと部長の方に目をやると、今度はいつの間にかいなくなっていて。ぱっと道場を見回すも、どこにも姿は見当たらない。だとすると、もう部室に引っ込んでしまったのか。仕事が終わったならば話を聞いてくれるはずだ。
「悪い、ちょっと俺中入ってくるわ」
「えっもう一射だけ見てくんね?」
「部長と話したいことあんだわ。また後でな、ごめん」
引き止める声に謝りつつさっと背を向けて部室へと向かう。道場備え付けのそこに、コンコン、とノックをしてから彼は中へと入った。
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