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「智哉、聞いて。なぁ、智哉、とも、こっち見て」



しゃがみこみ俯いていた顔をそっと上向かされる。
俺の頬を包み込む両手。眉の下がったどこか情けない顔。
視線が絡むと柔らかく笑む。



「ずっとずっと、黙ってて悪かったな」
「かな、」
「ずっと前からお前のことが好きなんだ、智哉」



―――な、んで。
意味が、わけが、わからない。
お前はずっとずっと俺になんて興味がなかったじゃないか。誰より近くにいたけれど、ただの友達でしかなかっただろう。

好き?ずっと前から?
誰に向かって何を言ってるのか、わかってるのか。



「…う、そだろ、んなこと言って……はは、やめてくれ」
「嘘じゃない。今日の中でこれだけは嘘じゃない」
「やめろっ!今日はお前の結婚式だろう…!」



こんな時にそんなことを言われて、嬉しいわけがないだろう。信じられるわけがないだろう。
せっかくこんな気持ちは切り捨てようと思ったのに。この結婚式に出れば切り捨てられると思ったのに。
この結婚がどこか嬉しいと―――お前が幸せならいいと、お前の支えに少しでもなれるならそれでいいと、思えたのに。

そうやってお前はまた、俺に期待させて、待たせる気なのか。ずっとずっと、報われない想いを抱えながら生きろと言うのか。今更なんだ。もう要らないんだ。
もう、これ以上俺の心を占めるのはやめてくれ―――…



「お前が幸せじゃなきゃ俺が報われない!あんな祝福されて、お前は今幸せなんじゃないのかよ…!」
「…幸せだよ」
「っ、だったら!」
「お前にこうして触れられることが、最高に幸せ」



するり、頬を包んでいた手が下がり、手が手を掴まえて持ち上がる。
持ち上げられた左手の薬指に、そっと唇が落とされた。



「ずっと、本気で好きだった。だけどうちは、目的のためなら手段を選ばない家だったから。だからあの頃は、ただただ遊んで、本命が学園にいるとは万に一つも思わせない…それしか、できなかった」
「っ、」
「お前が俺のことを想ってくれてるのは知ってたよ。すげぇ嬉しくて何でもしてやりたいのに、何もしてやれなかった。ごめん……独りにして、ずっと待たせてて、本当に悪かった…」



震える声。腕がそっと背中へと回ってくる。
彼方の香りに包まれて、くらりと目眩がした。



「だけど、ここまで俺は帰ってきた。俺の力で立ち直らせたんだ。
――――もう、文句は言わせない」



静かに響く彼方の声。
これは、夢か。
こんな涙が出そうなほど幸せな夢、見たことがない。



「……でも、だけどお前、花嫁は…」
「あぁ、あいつは大切だけど、お前に抱くような感情とは無縁の存在だよ。ただ、お互いの家のためにはこの結婚が絶対に必要だったから。だからずっと腐れ縁だったあいつと結婚することにしたんだ…そうすればここに戻ってきて、お前とまた向き合うことができる」
「っだけどあの人は、」
「大丈夫、あいつにも他に大切な人がいる。そのことをお互い理解している。だからこそあいつにした、っていうのが正しいかな」



ちゅ、と額にキスされる。
眉を下げて笑う顔に、胸が苦しいほどに締めつけられた。



「もしお前がもう想い続けることをやめてたら、俺は諦めるつもりだったんだ。…だけどお前は、待っていてくれた。
―――智哉、待っていてくれて、諦めないでいてくれて、ありがとう」
「か、なた」
「…あとちょっとなんだ。家のこともこの結婚も全部きちんと清算する。これからはちゃんと会いに行くよ。辛い思いをさせた分、絶対幸せにするから。
だからちゃんと迎えにいくまで―――もうちょっとだけ、待ってて」



目を細めて笑う彼方の手が頬を拭う。
あぁ、俺は今、泣いているのか。



「……俺は、俺はお前が幸せなら、それでいいんだ…」
「…あぁ、」
「お前さえ幸せなら、それで…」
「智哉がいなきゃ、俺は幸せにはなれない」



ゆっくりと立ち上がった彼方に手を引かれる。
上に引っ張られるがままに立ち上がった。
こちらを見詰める瞳と視線が絡む。



「好きだよ智哉、愛してる」
「あぁ…俺もだ」



遠くで教会の鐘が鳴る。
響く鐘の音を背景に、そっと唇が重なった。






*end*



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