Gatto nero | ナノ

016


殺意を向けられることには慣れているのに、いつもその瞬間動きを止めてしまう自分がいる。
その理由が分からない。私はいつも私に抗って、その感情に抵抗するから。




















一体何がしたかったんだあの男は。消えた気配に呆気に取られながら起き上がろうとしたら強い立ちくらみが襲って、そのままべったんと再び尻餅をついてしまった。ぐわんぐわんと揺れる眩暈に襲われて、それが貧血だと分かる。ふと違和感の感じる右足を見れば指を突っ込まれて開いた穴からどくどくと血が溢れていた。


「っ大丈夫か!?」


そう言って駆け寄ってきたディーノが目の前に膝をついた。なんだかつい先日こんな光景を見た気がするとのんきなことを考えていると、横から布を持ったロマーリオの手がぬっと伸びてきて傷口を押さえた。


「いっ…!」
「うわ、こりゃひでぇな」
「何があったんだ?」
「それが私にもわかんな、っい!」


ロマーリオが容赦なく傷口を縛ってくれたおかげで思わず口から悲鳴が出てしまう。私なんかよりもディーノの方が顔色を悪くさせた。たとえそれが彼の優しさであっても、こんなことで顔色を変えていたらボスがきちんと務まるのだろうかと心配にさえなる。おろおろとどうすればいいのか分からなかったらしいディーノが私の手を握った。なんだか違くないだろうかこれ。いやいいんだけれど。痛みよりもそっちの方が気になってそれどころじゃなくなってしまった。


「あと、気のせいかもしれないんだが…」
「ん?」
「   ボンゴレ、て言ってなかったか?」


しまった。笑顔が凍ったのが自分でも分かって、そう思ったときには既に遅かった。とっさに嘘すら付けなくて異様な沈黙を作ってしまう。冷静になってから、自分がどれだけたった一言で動揺していたのかが分かった。なんてことを自分から口走っていたのだろう。それも大声で我を忘れて。


「何のことだかさっぱり…」
「今更隠しても無駄じゃねーか?」
「ロマさん!」
「…間違いないんだな?」
「………」
「月華」
「……帰ったら話す。」


自分でも白々しいのは分かりながら繕ってみるものの、ロマーリオに見事に崩されてしまった。そもそもどうして彼等に自分の身の上をわざわざ話さなければいけないんだと思って、突き放した物言いになってから後悔した。ロマーリオはともかく、ディーノは黒猫という得体の知れない人間を懐に招きいれていたのだ。それがどれだけ勇気のあることと言えどもいくらなんでも無謀すぎる。だから彼が私のことを知りたいと思うのは当たり前の筈なのだ。


「   分かった。帰ろう」


そう言って手を引かれて歩き出すのは、やはりどことなく後ろめたい気がした。






















「どこに行ってんたんだ?」
「ここの9代目の墓参りだよ。ただいまリボーン」


私を部屋まで送ると残った仕事を片付けてくると行ってディーノは執務室へと消えた。部屋の扉を開けた途端、立ち込める珈琲の香りにそこにいる人物をすぐに察した。彼はいつも午後にエスプレッソを飲む習慣がある。案の定、部屋の中央に置かれた小さな白い丸テーブルでオルティンシアがリボーンのマグに黒褐色のそれを注いでいる所だった。


「おかえりなさいませ」
「ただいま」


私もあいている椅子に腰を下ろすと、彼女が私の分の珈琲も入れてくれた。リボーンと同じく私もエスプレッソを頼んだ。甘いものを飲む気分じゃなかった。


「今度は何をやらかしたんだ?血腥ぇぞ」
「…だろうね。私の血だけど」


彼にかかれば私の心情を察することなど容易いのだろう。間髪入れずに放たれた問いに何から答えようと悩んだ。
リボーンに見えるように右足を椅子に乗せた。現れた膝に巻かれた布は血で真紅に染まっている。留まりきれない液体が一筋足を伝って落ちて、オルティンシアがはっと息を呑んだ。慌てて駆け寄る彼女にもう血は止まってるからと制して、席を外してもらえるよう頼んだ。救急箱を取ってくると言って席を立った彼女が完全に遠ざかったのを確認して、話を切り出した。


「リボーン、六道骸って知ってる?」
「最近聞いたな」


がさがさとリボーンが何かを取り出した。彼愛読のマフィアの間で取引されている情報誌だ。小さな手がその新聞を捲っていき、とある記事で手が止まった。北イタリアのマフィアが次々に壊滅していく事件の犯人が捕まったという記事で、その犯人の名前に六道骸と書かれていた。普通のニュース新聞とは違って極秘事項を内密に扱っているため細かいことは書かれていないが、それだけあれば十分だった。


「私の前に何回か現れてる。目的は詳しくは分からないけど"私が何者であるか"を知っていた。」
「こいつは今マフィアの入る刑務所にいるんだ。そう易々と出られるはずがねぇ」
「人の精神を操る幻術者なんでしょう?そんなやつなら身体を乗っ取るのもそう難しくない。この男を詳しく調べてほしいんだけど」
「俺は昔の生徒に世話を妬いてやるほどお人好しじゃねぇぞ」
「狙いは多分ボンゴレだと思う。お願いリボーン」


やけに何か引っかかる物言いをする。何か意図はあるのだろうけれどそれはさっぱり見当が付かなかった。


「俺は知らねぇぞ。自分で頼めよ、お前のファミリーにな」
「だからもう私はボンゴレファミリーじゃないってば」
「だったらディーノにでも頼むんだな。他の男にやったみてぇに」
「彼と奴等を一緒にしないで!」


他の男、というのは私がこの町に来るために手伝わせたボンゴレの男たちのことだろう。性根まで腐ってる下層の奴等だから、金さえ握らせれば口を割ることもない。金だけでは足りないと言われたから縁は切ったけれど。どこまでも腐敗した連中だった。私がその行為にどれだけ嫌悪感を抱いているのか知っていながら、リボーンはそれと同じことをあのディーノにしてみろというのだ。そんなにファミリーがいやなら他の手を使って見せろと。リボーンはボンゴレから逃げ出した私を今でも怒ってるみたいだ。だからボンゴレのことが関わってくると手のひらを返したように態度が冷たくなる。私の全てを知っているくせに、それでも尚突き放す。あるいはそれが彼の優しさなのかはたまたただの気まぐれなのか、考えてみても私に分かる筈もない。


「一緒だぞ。あいつも性別上は男だからな」
「…今日のリボーン、意地悪い」


私にあてがわれた部屋なのになんで私が出て行かなきゃならないんだと思いながら廊下に出た。
リボーンの態度の変動は分からないけど、理由ならば大方予想がつく。きっと私達が出かけている間にボンゴレボスから連絡でもあったのだろう。娘の様子はどうだ、と。リボーンは私の居場所を話さない代わりに私の父であるボンゴレ9代目に度々私の現状を報告していたようだった。あの人はそういう人だ。直接連絡を寄越せばいいものの回りくどい方法を使う。だから私も直接忠告しに行ってなんかやらない。そしてそれを知ってるリボーンは、私がボンゴレに関わることをリボーンに代弁してもらうことを嫌がっているのだろう。それだけ。
私のわがままだというのは分かってるし、それを今まで享受していたくせにいびつな親子関係をそのままにしている父に憤りを感じているだけだ。いつだって忙しいことを理由にファミリーは大切にするくせに子供を蔑ろにする。父が父なりに私のことを気遣ってるのは分かっているけれど、子供心に許せないことが数え切れないほどいくつもある。
彼をファミリーのボスとして心底尊敬する反面、父親としては決して尊敬なんかできない人間だと思った。


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