Gatto nero | ナノ

015


暇だ暇だと言っていたのが功を奏したらしい。
ディーノからの「出かけるけど一緒に来るか」という嬉しい申し出に喜んで頷いた。どうやら彼は忙しい合間を縫って町の様子を見に行ったり余所に出かけたりしているらしい。私に気を遣って車を出してくれるというのでそれに甘えることにした。
とりあえずは、


「着替えなきゃオルティンスィア!」
「かしこまりました」




















「準備できたか?」
「ばっちし」
「よし行くか」


部屋に入ってきたディーノに満面の笑みで答えると彼も微笑んで答えてくれた。元々綺麗な顔立ちをしているけれど、笑うと可愛い。男の人に可愛いというのはアレなので黙って町の女の人たちを虜にする笑顔を堪能しておいた。
キャバッローネの評判は言わずもがな、10代目の評判は女の人たちからはそれはもう良かった。港町ということで漁師や船乗りの多いこの町ではがさつ…もといあまり細かいことを気にしないいわゆる海の男が多い。それを自分のシマの住人ということで市民を大切にする彼はその気遣いと甘いマスク(死語?)で人気を集めていた。ディーノからすれば市民は皆家族みたいなものらしいけれど、皆が皆同じように彼を家族と思っているかといえば否、だ。特に面食いの若い女の子は。そして移住民の私も例外ではない。性格悪い目つき悪い野郎よりは性格良しの優しい金髪イケメンの顔を眺めていた方が気分がいいに決まっている。絶対。(今誰を対比にしたかは内緒)


「足は大丈夫か?」
「うん大丈夫」


体調が良くなると周りを見る余裕もできるのでいいななんて思った。睫毛長いなーとか肌綺麗だなーとか思いながらにこにこディーノの顔を見ていたら相手が照れたように顔をそらした。可愛い。ジェンと同じ染色体だなんて思えない。(おっと名前言っちゃった!)


「悪いな、杖だとか気の利いたもんないんだ」
「いいよそんなの」
「つかまってくれればいいから」
「え?いや、大丈夫だよ」
「遠慮すんなって」


そう言って差し出された手にぎょっとした。屋敷内は別にいいけど(基本男ばっかりだから)、外になんて出て彼と手なんてつないでいたら私町中の女の子を敵に回しそうな気がする。そう思って慌てて断ったのに、ディーノはいいからと私の手を取って自分の腕に導いた。確かに普通に歩行ができない足なのでつかまるものがあるのは助かるといえば助かる。こういうちょっと微妙に強引なところがモテるんだろうなだなんて考えながら導かれるまま付いていった。


「…フェラーリ?」
「ああ、俺の車」


車庫にたどり着いて、そう言って運転席に乗り込んだのはロマーリオかと思いきや、ボスであるディーノ自身だった。
赤いボディにデザイン性の高いフォルム。黒いベンツだのリムジンだの並んでいる中でその赤色はなんだか異質でもあり、光を放っているようでもあった。たしかこの車の名前は彼と同じではなかっただろうか。その存在自身も彼みたいだ。ロマーリオが後部座席のドアを開けてくれたので大人しくシートに収まった。


「安全運転で頼むぜ?ボス」
「言われなくてもわかってるっつうの」


緩やかに加速した車は屋敷の門をくぐり坂を下って大通りに出る。道を歩く人から、建物の窓越しから、出店の奥から、挨拶の言葉がかかった。キャバッローネファミリーは昔から街の人たちを大切にするマフィアとして有名だった。長年培われたその関係はこの街の雰囲気をも作り出している。窓を開けて、そこから流れる景色と人の笑顔を眺めながら、潮の香りの混じる空気を吸い込んだ。活気と明るさに満ちた街はその場にいる私まで気分を楽しくさせてくれる。


「それで、何処か行きたいトコとかあるか?」


バックミラー越しにディーノから声がかかって、私は中々言い出せずにいたひとつの目的を口にした。


「     墓参りに行きたい」


誰の、とまではきっと言わずとも理解したのだろう。分かった、と答えた彼が海の見渡せるあの丘へとハンドルを切った。




















命日でもないのに、いつも9代目の墓にはいつも花やお酒が供えられてあった。その中に来る途中で買った百合を置いて、静かに眼を閉じる。いつも此処に来るとそうしなければいけない気がしていた。岸に叩きつけられる波の音に紛れて、いつも彼の声が聞こえる気がしたから。
しばらくそうしていてふと振り返ると、同じように眼を閉じているロマーリオと、墓石を悲痛な面持ちで見るディーノの姿がある。ファミリー水入らずにしてあげようと、数歩後退してその場をそっと離れた。足はまだ違和感は残るけど歩けないほどじゃない。痛みもだいぶ薄れた。膝の感触を確かめながら丘を下っていると、ふと向こうから誰かがやって来るのがわかった。相手の全身黒い服装に違和感を感じて、いつも忍ばせている懐のナイフの感触を確かめた。後数メートルにまで近づいた所で相手が立ち止まる。近づいてはいけない気がして自分も足を止める。


「元気そうですね、"Gatto Nero"」


外見はまったく違うというのに、直感から生まれた確信が思うより先に身体を動かした。ナイフを取り出して行ったすれ違いざまの攻撃を軽く身交わされたので、避けた方向を塞ぐように体重移動を利用して足払いをした。そのまま相手を地面へと押さえ付ける。首元にナイフを突きつけても尚、男は私を悠然と見上げて微笑んだ。あの時と同じ胡散臭さを纏って。


「   掃除屋…!」
「おや、よく私だと分かりましたね」
「それでうまく化けたつもりだった?」


長くこの世界にいる人間には分かってしまうのだ。誰が自分と同じ人間であって、違う人間であるのか。そしてこの男の纏う雰囲気には何か独特なものがある。例え外見がまったく異なっていても、見れば分かってしまうほどの。
この男は間違いなくあの日全てを放棄してトンズラしてくれた似非紳士の掃除屋だ。眼で見えなくても、気配で分かる。殺意というには弱い敵意。その意図は知らないけれど、その視線を私が間違えるはずがない。


「しかし私の名は掃除屋なんかではありませんよ」
「職業も掃除屋ではないでしょうね」


ここまで精巧に外見を作り変えられるのは長時間かけなければ叶わない。けれど最後にこの男にあったのは1週間前だ。考えられるのは二つ。短期間で違う顔を作り上げる優秀な腕を持つ人間がいるのか、違うように見せかけているのか、それとも"身体ごと"取り替えたのか。いくらでも思い当たる節はある。そういう術が幻術と呼ばれる相手を惑わす術の中にいくつかある。


「他人のふりが随分下手糞だけど、一体どこの術者?」
「さぁ、どこと聞かれても所属なんてありませんよ。」


きっとこの男に会った時から感じる違和感はそれなのだろう。この男は間違いなく幻術使いだ。身体は他の人間から奪ったものだから、精神と魂の波長が合わずに齟齬が生まれる。うまく隠したつもりでも、幻術などの感覚に精神が慣れた人間には分かる。
ありえないことをあるように思わせ、あるものをないように見せる。そんな芸当ができるのは幻術使いでしかありえない。そう問うと男は、あの時と変わらない青と赤のオッドアイで妖しく笑んだ。


「それで?私に近づいた目的は?」
「貴女の肉体が必要なんですよ。   ボンゴレ10代目」


怪我をしている方の足を蹴られて思わず体制を崩した。その隙にナイフを握った腕を塞がれて地面に引き倒される。慌てて立て直そうとしたが、膝の傷を鷲掴みにされて思わず動きが止まってしまった。


「…くっ、…」
「毒の味はどうでした?」
「…っ…!」
「あれは私からの贈り物です。居もしない影から逃げ惑う貴女は中々滑稽でしたよ」


何かがおかしいと思っていたら、あのときもこの男がからんでいたらしい。一瞬にして消えた気配はこの男が私にそう術をかけていたのだろう。幻術で、ないものをあるように見せかけて。ギリギリと爪が傷に食い込んで、折角やっと塞がっていた傷がぷつりと音を立てて開くのが分かった。包帯越しだというのに男の指がぐいぐいと傷口に食い込んでいく。私が苦痛に歯を食い縛ったと同時に掃除屋の顔が心底楽しそうに歪んだ。


「悲鳴ひとつあげないのは流石ですね。ボス候補として鍛えられただけある」
「…っる、さい…!」


見覚えのある光景だった。私を組み敷いて、加虐心に高揚した男の表情。それがどんな目的なのか。いつだって私に近づく男の目当ては私の中に流れる血でしかない。   ボンゴレという名の。
捨てた筈の銘に縛られていると思い知った瞬間だった。上がった呼吸と共に血まで昇って、危うく手に持ったそれを頚動脈に突き立てる所だったのをこらえた。この男にはまだ聞かなければならないことがある。


「っ次、その名で私を呼んだらその舌を切り刻ませてもらうから」
「おや、大マフィアの令嬢が随分な口の聞き方ですね」
「私はもうボンゴレとは何の関係も無い」
「果たして貴女の父である9代目はそう思っているでしょうか」


会話を続けながら男の下から抜け出そうと試みるものの完全に読まれているらしい。人の指が肉の内側から触れるというのがありえないほどの苦痛で、意識まで飛んでしまいそうになる。開かれているのが傷口でも屈辱には変わりない。抵抗する腕が痺れてきて自分の貧弱さを恨んだ。女であったことを悔やむのはいつだってボンゴレの名が関わっているときばかりだ。父は嫌いじゃなかったけどボンゴレという名は大っ嫌いだ。いつだっていらない枷を付けさせられる。やっと自由になったと思った瞬間に背負った名の重さを思い知らされる。どこまで逃げようと一緒だった。もううんざりだ。


「もう一度言う。私はもうボンゴレのボス候補でもなければあの人の娘でもない!」


そう叫んだ途端に、ドンッと地に響く銃声が聞こえた。正確に男の頭部を狙ったそれはけれど標的に当たることなく地へと埋もれた。ずぶりと指を抜かれる感触があまりにリアルで、自分の身体のことなのに吐き気を覚えた。痛みはあったのだろうけれどそれを感じはしなかった。既に感覚が麻痺していた。続いて2発目の銃声。私の上から男がどいて軽くなった身体を起こすと、ディーノとロマーリオがこちらに駆け寄ってくる所だった。


「邪魔が入りましたね」


なんてことないようにそう零した男を振り返ると、男は見せつけるように私の血に濡れた指を舐めた。続いて放たれた次の弾をそちらの方角を見もせず1歩下がって避けて、私の方に向かってにこりと微笑んだ。


「…貴方、名前は?」


   この男は私の過去を知っている。
誰に聞いたのか、あるいは実際にソレを見ていたのかは知らないけれど。だから私がどういう言動で動揺するのかをよく分かってる。


「   六道骸、とだけ名乗っておきましょうか」


男はそう笑ってそのまま、霧のように消えた。


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