Gatto nero | ナノ

010


その日の夜は最悪だった。
夜更けになろうかという頃、シャマルの治療の副作用とやらで傷口に激痛が走り出した。段々酷くなる痛みで寝れず、やっとのことで眠っても痛みで叩き起こされる。
普通の人間ならば死んでいる、とリボーンは言った。私が無事だったのはひとえに過去の悪夢のおかげだった。耐性という名の。過去のファミリーの抗争で、暗殺を企てるものなどいくらでもいた。毒があれば殺し屋なんて雇わずに、しかも病気に見せかけて殺してしまえる。けれど毒は一度体内に入れても耐え忍ぶことさえできてしまえば抗体ができる。私の場合がそれだった。毒の味に慣れすぎていて、大抵のそれは効かなくなってしまった。
一晩中ベッドの中を転げ回って、漸く落ち着いて眠りについたのが空が明るくなりだした頃だった。
















「気分はどうだ?」
「…………あんまり宜しくはないかも」


日が昇りきった頃にディーノが付けてくれたメイドに起こされ、重い瞼を開かざるを得なかった。昨晩程の痛みはなかったものの、笑えるくらいに身体の節々が痛んで碌に動けず、手伝って貰いながら起床したのが数時間前。暫くして昨日と同じようにディーノがリボーンと共に部下を数人だけ連れてやってきた。ベッドから起き上がるのでさえ一苦労だったので、仕方なくクッションやら枕やらを背凭れにして起きた。シャマルめ、こうなるならきちんと言っていけ。これでは動きたくても動けないではないか。あるいはそれが目的か。


「それで、聞きたいことって?」


朝のうちから『質問がある』と気難しい顔をしてやって来た彼ら。さぁ何でもどうぞと笑って見せると、ディーノは逡巡するような躊躇するような仕草をした後、まっすぐにこちらを見据えた。


「単刀直入に言わせてもらう。  なんでうちのシマで殺しの仕事をやってたんだ?」
「ほんとに率直だね。…んー、言っていいのかなぁこれ」


呑気な声で問わず語りするフリをしてみる。確認のためちらりとディーノの背後を伺い見たが何の反応も見られなかった。否定しないなら肯定という意味でとってでいいのだろう。


「簡単に言えば、そういう風に頼まれたから」
「はあ?」
「誓約があってね。“1、一切他言無用、またそれは我がファミリーボスに対しても同じ。2、一般市民には一切手を出さない。また市民の目に触れないようにする。3、標的は順次報告し、事後処理はこちらが担当。こちらの送る同業者と連携して仕事をすること。4、こちらに分かるように証拠を残すこと。5、それを行うのはキャバッローネのシマでのみとする。”あーあとはめんどいから省略。ざっと内容はこんな感じ?」
「………どういうことだ?」


指折り数えながらつらつらとあげると、さっぱり分からんとディーノは頭を抱えた。 まぁ要点をわざとこちらと言っているので知らない人間が聞けば混乱するだけだろう。 でも私自身もこの事態をどうやって説明すれば良いのか、正直決めかねているのだ。


「貴方が知りたいのは私の仕事じゃなくて黒猫がキャバッローネにとって敵なのか味方なのかでしょう?」


要点をつついてみたらそれがまさに図星だったらしく、彼はぴしりと固まった。
視線を動かして側にいるリボーンを見やったが、彼は傍観を決めたらしくただ黙って私達のやり取りを見ている。部下の人間達も同様だった。


「私自身はキャバッローネを敵に回すつもりは更々ないんだけどね。」


いつかあの世で会ったキャバッローネ9代目に説教を受けたくもないし、恨まれたくないし、たたられたくないし、と付け足して。
私を殺そうとしたモレノはある意味正しい。確かに昔キャバッローネの要人の暗殺を申し込まれた事があるにはあるのだ。けれど恩義を忘れてまで殺しの仕事などに打ち込みたくはないし、はじめからそのつもりなんてない。私に要人暗殺を依頼した人間は密かに討っておいた。


「まぁ突然殺し屋がやって来てシマで騒がれたらね。警戒するのも無理ないとは思う。」
「いや、そんなつもりは…」


気を遣うように歯切れ悪く答える彼に良い人だなと思った。いや、キャバッローネのシマにいる人間は皆が皆、それこそカタギからマフィアから全員がお人よしだと言うことを知っていたけれども。


「私の事はリボーンとかから何も聞いてない?」
「…ああ。昔家庭教師をしていたとだけ。」
「じゃあそもそもの話からしようか。私がこの町に来たのは3、4年ぐらい前かな。実家に居た頃に色々ここの9代目に良くしてもらっててね、元々はその時のお礼を言いに来たんだけど、私が来た頃には彼は既に帰らぬ人になってた。」
「…親父とはなんで知り合いだったんだ?」
「私の父と貴方のお父さんが知り合いって感じかな。 でも目的がそのお礼言いしかなかったから、やることもないし行く場所もないし、九代目の愛した町を見てみようとふらふらしてた。そしたらいつの間にかこの町に住まわせて貰うことになってたんだよね。」
「……行く場所がないって…家には帰らなかったのか?」
「何を隠そう。ここに来る前に親に自立するって啖呵切って家を飛び出してきたんだよね。」
「…なっ……!」


実際にそんな明るいものでもなかったけれど。ファミリーのボスとしての父といくつか難しい話をしたのは覚えてる。それでも頑として家を出ると言った私についに父も折れて渋々送り出してくれた。
父とうまくいっていなかったといえば嘘になるけれど、彼が嫌だったわけじゃない。むしろ格式だとか名声だとかそういった周りの目ばかり気にしているプライドの高いファミリーが嫌いだった。女を道具としか見ていないファミリーの男達が嫌いだった。ボス候補として命を狙われるのが、そして誰が私を殺しに来るのだろうと周りを疑ってばかりだった自分が嫌いだった。だから逃げた。すべてを置き去りにして自分だけが逃げた。家を出ることを知っていたのは父だけだった。


「"黒猫"だなんて騒がれてるけど結局はただの馬鹿でどうしようもない小娘だってこと。」


あちこち放浪するのには慣れていたから苦ではなかった。実家と呼ぶ家に来る前も、それこそ物心ついた頃から地に足が付かない生活をしていたのだから。家を飛び出した時はこれまで以上に、きっと人生で一番自由で悠々と生きていたのに、結局私は1つの場所に留まる事になってしまった。


「この町で楽しく過ごしてたある日電話が掛かってきて、私に仕事が舞い込んできた。」


話が核心に近付いてきたのを悟って、ディーノが固唾を飲んだ。


「私が受けた依頼はキャバッローネと敵対する組織、またはそれに類する人物団体の排除。言えなかった九代目へのお礼の代わりにファミリーへの恩返しっていうの?そんな感じで引き受けた。それで、現在に至る。」
「…ちょっとまってくれ、その依頼をしたのは誰なんだ?何の目的でそんなキャバッローネを庇護するみたいな…」
「目的は知らないなぁ…依頼主本人に聞いてみた方がいいんじゃない?ねぇ、   ロマーリオさん」


私が話をふると、壁際に立って控えていた彼はやれやれとこちらに歩み寄ってきた。
ディーノといえば私とロマーリオを交互に見て目を見開くばかりだ。この状況がなんだか楽しくて、思わず笑ってしまった。そんな私をロマーリオが恨めしい顔で見るけれど、その声音は怒っているというよりも呆れの方が大きかった。その証拠にぐしゃぐしゃとペットにするように頭を撫でくり回される。…否、ちょっとは怒っているいじりようだった。


「ったく、黙って聞いてやりゃベラベラ喋りやがって…」
「ボスなんて当事者の中の当事者なんだから、知る権利があるでしょう。」
「だからって聞かれたとおりにぽいぽい馬鹿正直に喋るか普通。あとさっきの誓約一体いくつ破ったんだお前は。それでも天下の黒猫か?」
「あ、そういうこと言うならこっちにだって不満はあるんですよ。だいだい前回のアレはなんですか?言ってたファミリーの規模が段違いでしたよ殺させるんじゃなくて殺す気ですか」


私とロマーリオのマシンガントークにディーノはまったく付いて来れない様子で、リボーンは相変わらず呆れ顔で帽子を下げて俯いた。(溜め息を隠そうとしてもバレバレですよリボーンさん)


「それはだな…否、確かに言うとおりだ。完全にこっちの非だ。悪かった」
「私も任務遂行できてないんで報酬なしでチャラにしてください」


とりあえずお互い隠し事がなくなり、言いたい事も吐き出し終わって、がっちり握手して論争を終えた。


「と、いうわけだボス。」
「…あ、ああ。て、えぇ!?」
「今までシマで起こった死体放置の件は全部俺達が黒猫に仕事を依頼していたんだ。今まで黙っていて悪かった」
「その証拠に今まで転がってた死体は全部キャバッローネの敵対ファミリーの筈だよ」


私とロマーリオの言葉にディーノは唖然として、ぽつりとつぶやいた。


「なるほど…。じゃ、なくてだな!…待てよ、"俺達"ってまさか…」
「ああ、俺を含めキャバッローネの幹部全員で話し合った」
「因みにディーノに黙っておけと言ったのは俺だぞ」


さらりと白状したロマーリオと、どんと胸を張って面白そうだったからなと言い放ったリボーン。空気が抜けたように呆けるディーノ。
ふいに昨日1人除け者にされたと文句を言っていた彼を思い出して、なんだか可哀想にも思えてくる。


「…いつになったら俺へのガキ扱いはなくなるんだよ」


ふいにうなだれた背がむくりと起き上がる。落ち込んだ背中が発したとは思えないような低い声だった。


「なんでそんな大事なことを俺にだけ教えてくれなかったんだ?」


責めるような声音に、悲痛な声音に、誰も何も言えなくなった。


「なんで何も言わずにこう物事を進めるんだよ。確かに、お前らからすれば俺は心底頼りないかもしれないけどな…」
「ボス、」
「そうだ。それでもお前らのボスは俺なんだ。そのボスである俺に相談無しに勝手に物事を決めて実行するのか?側近であるお前が。ボスなんていらないと言ってるようなもんだな」


そう言ってディーノは鼻で笑った。彼は落ち込んでなんていなかった。怒っているんだ。
確かに無理はないと思う。腹心の部下が何かこそこそやっていて良い顔をするボスなんていないのだから。
彼の言い分は正しい。現に、彼以外のファミリーの上層部はほとんど私の存在を知っている。その頂点に立っている筈の彼が私と会うのは昨日が初めてだ。自分だけ教えられなかった。話もされなかった。相談も受けなかった。組織の最上部を通さずに物事を進めるその不条理。それがまかり通っている現実。
ロマーリオもリボーンもいつか隠せなくなることを分かっていたはずだ。
それが彼自身を思ってのことなのかもしれないが、彼がそれを望んでいないということは分かるはず。


「お前ら、俺が毎晩町に出るのを笑ってみてたのか」
「いや、違うんだボス」
「何が」


   最近頻繁にシマで殺し屋が出るとかで夜歩き回ってたな。

彼は彼なりに周りで起こる物事に心を痛めていた。その地位の高さゆえに。
けれどこれではボスの座などただの飾りに過ぎない。どんな理由があれ長なくしては組織など成り立たない。けれどそれができてしまっている。部下が優秀であるがゆえに。そしてそれは彼自身の非力さをも意味してはいないだろうか。

   まるで昔の私みたいだ。

思わず零れた笑みに、それを見たリボーンが怪訝そうな顔をした。


「ボスが知る必要もないことだと判断したのでしょう?」


言葉を発して息を吐いた途端ぐらりと眩暈がした。
体調が悪いせいか、段々と身体が重く、しゃべるのが億劫になってきていた。


「おい、月華」
「平気。」


こちらを伺うように見るリボーンにひらりと手を振って、ディーノに向き直った。自分が蒔いた種は自分で刈り取らねば。
忙しい彼のとっかかりになどなってはいけない。


「聞いた話によればキャバッローネは大変な財政難だとか。」
「ああ…。」
「ボスが代わってまだ数年。先代によって荒れた内部を整えるのに忙しい10代目に外部の煩いなど邪魔以外の何者でもない」
「………」
「降りかかる火の粉を振り払うのは部下の役目。ましてや古い付き合いの"黒猫"が絡んでいるのならば報告の必要などないと思ったんでしょう?ねぇロマーリオさん?」
「……その通りだ」
「部下は自分の仕事をしただけであって、その仕事を怒ってしまっては可哀想だよ」
「………」
「まぁ確かに独断で行ったことは褒められることじゃないけどね。けれどそれがボスのことを一番に思っての行為だってことを忘れないであげてね」


しまった。仮にも一組織の長に説教垂れるなんてでしゃばった真似してしまった。張り詰めた空気が一転して気まずいものになる。今も断続的に霞む視界に今の私にはそれどころじゃないのだけれど。
眩暈が痛みに変わって、ずるずるとベッドに突っ伏した。冷たい汗が首筋を流れる感触が嫌にリアルだった。それなのに喉から漏れる呻き声がまるで遠くで起こった音のように感じた。


「大丈夫か」
「あー……ごめん…ちょっとだるいかも」
「その様子を一体どうやったら"ちょっと"になるんだ」


慌ててベッドに飛び乗ってきたリボーンに笑ったつもりだったけれど、どうやら表情がうまく作れなかったらしい。彼は難しい顔をして私の額に触れた。
ふと顔を上げるとディーノと目が合った。私なんかよりも顔を真っ青にしてこちらの様子を伺い見る彼は優しい。否、優しすぎる。そのままではいつか彼は己の業に病んでしまう。だからリボーンが彼についているんだとふとそんなことを思った。


「詳しくは後で聞く。今は寝てろ」
「待ってリボーン、話が」
「何だ?」
「   ジェンが、ここに来るって」


リボーンは店に何度か来てくれた事があったのでジェンを知っているはずだ。
けれど私がそう言ってもリボーンは驚くどころか何ひとつ顔色を変えもしなかった。きっと彼はジェンについて何か知っている。
例えここの町の人たちであっても、平然とキャバッローネとはいえマフィアの屋敷まで来れる人なんでいないだろう。
そこに来ると易々と言ってのけたジェンはいかにも普通の人間ではありませんと言っているようなものだ。


「ジェンには私の事黙っててほしいんだけど…」
「…あいつも動き出したか」


ぽつりとつぶやいたリボーンは私を更に混乱させるだけだった。
   謎は深まってゆくばかりだ。


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