ガラスの靴にくちづけを | ナノ


めでたしめでたし

「やぁ、エドワード」
「あ、ロイじゃん。どうかしたのか?」
「どうもこうも、君の仕事っぷりを見にきたのだが?」
「仕事っぷり、ったって…雑誌のインタビューだぜ?それに、もう終わったし」

―――アンタ、暇?

容赦なくそう言って首を傾げたエドワードのポニーテールがふわりと揺れる。
それを愛しげに眺めながら、ロイは小さく笑った。

「近頃ホーエンハイム監督のガードが固くて君になかなか会わせてもらえないからね。隙を突いて会いにきたんだ」
「あ〜…なんか最近、以前にも増して心配性なんだよな」
「私はまだまだ信用を得るには至ってないのだな」
「だってアンタだし」
「耳が痛いね」

ロイとエドワードによるドタバタの恋愛劇が大団円を迎えたその後、別段変わりなく日々は過ぎていった。
ロイは変わらず俳優の仕事に精を出していたし、エドワードは学業を優先しつつCMや雑誌のモデルなどの仕事をこなしている。
変わった事といえば、ロイに回ってくる役柄が硬派な役ばかりになった事だろうか。
しばらくの間は以前のような誑し役も回ってきていたのだが「エドワードの前では潔癖でありたい」などと臆面もなく公言し、そういうシーンがなくとも恋愛要素がある役は全て断っているうちに自然と回ってこなくなったのだ。
今では俳優ロイ・マスタングの持つイメージも随分変わった。

一方エドワードは、「学業の妨げになる」という理由で時間の拘束が多い映画やドラマの仕事はあれっきり一切していない。
―――というのは、まぁ、表向きで。
実際のところ「私の可愛いエドワードには何人たりとも触れさせん!」というホーエンハイムとロイによる圧力が大きい。
それにエドワード自身、元々女優業への憧れも何もなかったのと、ブラッドレイもあの映画1本でとりあえず納得したのか「今後はエドワードの好きなようにすれば良い」などと言っているので、エドワードがこの先この仕事を続ける可能性は低い。
ロイとて俳優目線で見れば、とても勿体ない事だとは思う。
現に初主演の映画で開花させた才能は素晴らしいもので、今後の活躍を期待する声は多いのだ。
だが、恋人の立場から言えば、自分以外の誰かがエドワードの傍に立つなど到底許せる訳がない。
あまつさえ触れるなどもってのほかだ。
狭量だと言われても構うものか。
開き直ったロイは、これでもかと言わんばかりのヤキモチ焼きっぷりを発揮していた。
そしてそれは、エドワードの周りにいる男という男(時に父親や弟も)全てが対象だった。

「あ、ジャン兄。俺、ロイとご飯食べに行くから。親父に言っといて」
「了解。あんまり遅くなるなよ。…んじゃ、マスタングさん。俺はこれで」
「あぁ、責任もって送り届けるよ」

一見穏やかな会話を交わしながら、その実ハボックに対して敵対心剥き出しのロイに、エドワードは苦笑を漏らす。
出会った頃は一方的に翻弄されるばかりだったのに、今ではすっかり立場が逆転していた。
基本的にロイは独占欲が強いらしい。
そう気付いたのは付き合い始めてからだ。
そして、こうして独占欲を発揮されるたびに、この男の気持ちを見せつけられるような気がして、不謹慎だと思いつつもエドワードは嬉しくなるのだ。

「いい加減ジャン兄を敵対視すんのやめろよ」
「というか、何故あの男が君の付き人めいた事をしてるんだ。他にいないのか?出来れば女性で」
「しょうがないじゃん。マリアさんは事務仕事が忙しいし、シエスカさんは車乗れないし、自由に動けるのジャン兄くらいしかいないし」
「だがね……」
「この件に関して、ちょっと楽しい話があるんだけどさ……乗らないか?」
「……なんだい?」

何やら意味深な笑顔のエドワードに、ロイは少し警戒する素振りをしながら頷く。
とはいえ、エドワードの問いかけに首を振るなんて、ロイにはあり得ない事なのだが。
エドワードはそれに満足気に笑うと、ロイの手をそっと握り「先にご飯!」と言って歩きだす。
ロイが狼狽する様が楽しくて仕方ないとばかりに上機嫌で。

だが、しばらくの間おとなしく手を引かれていたロイが車の助手席にエスコートしたエドワードの唇をすかさず掠め取ったのは、やはり経験値の差だろう。
優勢だった状況がひっくり返された事にほんの少し臍を曲げ、ツン、と尖らせたエドワードの唇にもう一度口付けを落として、ロイは車を発進させた。
彼は負けず嫌いでもあるのだ。










「でさ、俺、1本やりたい映画があるんだけど……アンタも出ないか?」
「は?映画?」
「うん。アンタが一緒に出てくれるなら、やっても良いかな、って思うんだけど」

ダメか?と首を傾げるエドワードにロイは慌てて首を振ると、食後のコーヒーを一口飲み、改めて向かい合う。
エドワードの琥珀がぱちりと瞬きをした。

「いや、君の相手役を他の誰かに譲る気などないが……意外だね。君はもうこの仕事はしないと思っていたから」
「ん〜…俺も、もうやらないと思ってたんだけど……ジャン兄が初監督やるって言うからさぁ」
「……なるほど」

なんだ、あの男の為か。
そうあからさまに顔に出したロイに、エドワードは苦笑したままで続ける。

「面白そうなんだよ。アクション物なんだけど」
「アクション物……?」
「うん。俺が主役の錬金術師で、アンタは俺の上司の国軍大佐な。そんで、2人で軍上層部の不正を暴いたり戦ったりするんだ」

エドワードは目をキラキラさせながら熱く語る。
初出演の映画は儚げな少女役だったが、エドワードの性格上こういう方が向いているのかもしれない。

「ふむ……そこに、愛は芽生えたりするのかい?」
「おう。ばっちり芽生えるぞ」
「なら、やる」
「アンタ、本当に単純だよなぁ」
「だって、君と恋に落ちるんだろう?素晴らしいじゃないか」
「てか、今更?」
「君となら何度でも恋に落ちたいじゃないか」
「…恥ずかしいヤツ」

蕩けそうな笑顔でそう言ったロイに、エドワードは恥ずかしそうに呟いた。

なんだかんだで幸せな2人なのだ。






―――さて、その後。


ジャン・ハボック初監督作品は、その年の映画祭で大きな評価を得た。
エドワードとロイの出演も話題となり、初監督映画としては破格の興行収入を上げたのだ。

そして、エドワードにとってもこの映画は代表作とも呼べるような作品になったのは言うまでもない。
金髪金目にみつ編み赤コートの、一見少年のような少女がスクリーン狭しと駆け回る姿は、人々の記憶に鮮やかに残ったのだ。

その後もエドワードは、ホーエンハイムやハボックの監督作品に何本か出演を果たした。
その際、常に相手役はロイ・マスタングだったのだが、これに関しては自明の利というか何というか、まぁ、そういう事で。



そして更にその後。
エドワードが20歳の誕生日を迎えたその日。
大方の予想通り…というか、予想を裏切ってというか、とにかく2人は無事に結婚式を挙げた。
それと同時に女優エドワード・エルリックは引退し、あっさりと家庭へ収まった。
惜しむ声はあちこちから上がったが、それに対してエドワードは鮮やかな笑顔を見せるだけで、静かにその華やかな世界から姿を消した。


「俺さ、母さんみたいなお母さんになるのが夢だったんだ」


そんな言葉と、目にも眩しい金色の残像を残して。




end




※長らくのお付き合いありがとうございました。


2010/10/14 拍手より移動

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