年の差の恋のお題 | ナノ


あなたに追いつく目標

エドワードが手足と弟を取り戻したのは、17歳の夏の事だった。
それと同時に旅を終え、めでたく国家資格を返上した後はセントラルにある学校へ通い始めた。

「随分と頑張っているようだね」
「まぁな」
「しかし、無茶苦茶ハイペースな受講体系だな……一体いつ寝るのかね」
「これくらい詰めていかないと、2年で卒業出来ないじゃん」
「君、4年制大学を2年で卒業するつもりかい?」
「早く一人前になりたいんだもん」

そんな話をしたのは、エドワードが入学してふた月ほど経った頃だった。
だが、医療や錬金術の専門学科が設立された国立大学は、入るのも難しいが出るのはもっと難しい、国内随一と称される難関中の難関で、いくら優秀な頭脳を持つエドワードとはいえ無謀な挑戦と言えた。
猪突猛進を地でいくエドワードの性格を知るロイとしては、最大限の忠告をしたつもりだ。
曰く、食事や睡眠時間はきちんととる事、体調管理はしっかりする事、少しでも体調不良を感じたら休養をとる事、こまめにロイに連絡する事、など。

だが結果的に、ロイの忠告などものともせず食事も寝る間も惜しんで勉学に励んだエドワードは、その半年後、とうとう過労で倒れたのだ。






「…だから無茶だと言ったんだ」
「う……だって、……」
「だって、じゃない。大体、健康と学業では天秤にかけるまでもないだろう?」
「うぅぅ……」
「さぁ、しばらくは言う事を聞いて、しっかり休養してもらうからね」
「うん……」

寝かしつけるように掛け布団をポンポンと叩けば、観念したのか、それとも限界だったのか、エドワードは琥珀を思わせる目をそっと目蓋の裏に隠した。
ほどなくして聞こえ始めた穏やかな寝息に、ロイはホッと一息吐く。

元々、夢中になると自身を省みなくなる娘なのだ。
それこそ寝食を忘れて文献に没頭する姿など見飽きるほど見てきたのに、何故もっと早く彼女の不調に気付かなかったのか。
後悔は果てしなく募るのだが、そもそも毎日顔を合わせられないのだから、こうなる事も無理はなかったのだと思う。
何しろエドワードの住むアパートときたら、男子禁制の女子学生用アパートなのだ。
いくら心配だからといっても、家族でもない男が訪ねていく訳にもいかない。
確かにセキュリティのしっかりしたところに住めと進言したが、この事態は全くもって計算外だった。

「独り暮らしなんかさせるんじゃなかった……」

ポツリと呟くと、ロイは思案顔のまま部屋を出た。
現在エドワードが眠っているのは、ロイの家の客間だ。
とはいえ、ロイ自身は元々エドワードの部屋のつもりで用意したのだ。
肝心のエドワードが「学生の間は独り暮らししたい」と言って同居に同意してくれないから客間扱いなだけで。

―――という訳で、ロイはこの部屋を本来の目的通りに使う事に決めた。

これはもう、エドワードが寝込んでいる今がチャンスだ。
後でごねられても構うものか。

ロイはおもむろに受話器を取ると、淀みない動作でダイヤルを回した。






「ん……」
「目が覚めたかい?お腹は空いてないか?」
「んー…喉、渇いた……」
「では、何か飲み物を持ってこよう」

鼻歌でも歌いだしそうな機嫌の良さでロイが退室するのを見送り、エドワードは違和感に首を傾げた。
くるりと部屋を見渡せば、見慣れた机や本棚は所定の場所にあるし、そこに並ぶ雑貨や本にも変化はない。
お気に入りのライトブルーのカーテンが風に揺れるのをぼんやりと眺めながら、消える事のない違和感を必死に探っていると。

「あれ……?」

部屋が……広い?
ベッドから見える家具の配置などは変化ないのだが、如何せん広さが違う―――いや、広さだけの問題ではなかった。
ドアや窓の位置も違うし、壁のクロスやカーペットも違うではないか。

―――そこで、エドワードは思い出した。
病院に担ぎ込まれ点滴を受けた後、確か攫われるようにしてロイの家に運ばれたのではなかったか、と。

「……ここ、どこ?」
「君の部屋だよ」

飲み物を手に戻ったロイは誇らしげにそう言うと、戸惑うエドワードに微笑んだ。
未だ回転の遅い寝起きの頭では理解が追い付かなくて、訳も分からず瞬きを繰り返すしかない。

「もっと詳しく言えば、今日からここが君の部屋だ」
「やっぱアンタん家か?…て、アンタ勝手に荷物……!」

慌てて起き上がれば、そこは確かにロイの家の客間で。
寝かされているベッド以外は全てエドワードのアパートにあった物だ。
なんと、エドワードがぐっすりと眠っている間に引っ越しが完了していたのだ。
いくら疲れが溜まっていたとはいえ、これだけの荷物を運び込まれて気付かないなんて信じられない。

「なんで?なんでこんな勝手な事すんだよ!?…俺、学生の間は独り暮らしする、って…!」
「だが、君は私の忠告を無視して倒れたじゃないか。君が倒れたと聞いて私がどんな気持ちになったか、君には分かるかい?」
「でも…!」
「では……君は、私と暮らすのが嫌か?」

一緒に暮らそうと誘った時、エドワードは頑なに拒んだくせに何も理由らしい事は言わなかった。
考えたくはないが、そう考えれば納得出来る。
ロイが少し弱気に問いかければ、エドワードは困ったように口を尖らせた。

「だって……結婚もしてない、のに……」
「結婚していれば良いのか?なら、すぐ結婚しよう」
「アンタ、バカか!……俺には俺の都合があるんだよ!」
「ほう。では、どんな都合だ?」

聞けば、みるみるうちにエドワードの頬が赤く染まった。
その表情を見る限り、ロイにとって絶望的な理由の所為ではない事が分かる。
そうと分かれば、ロイに追及の手を緩めるつもりはなかった。

「では、君の都合を聞かせてもらえないかな?私も出来る限り善処するよ」
「だって……」
「何だい?」
「…アンタの奥さんになるんなら、ちゃんとした学校を卒業してなきゃダメだと思って、…そんで、あの大学にしたんだけど……4年制なのがネック、つーか……4年も待たせたくないし、俺も待てないし……だから、2年で卒業して、ハタチになったら…けっこん、する……って……決めてた」
「エドワード……」

真っ赤な顔で、途中つっかえながらそう告白するエドワードが、ロイには愛しくて愛しくて堪らなかった。
知らず緩んでくる頬をどうにかしたいのはやまやまだが、幸せすぎて抑えが効かないのだ。

「君がそう思ってくれているなら、今すぐ結婚しても良いじゃないか?成人してなくとも結婚出来る年齢には達しているし、学生結婚だって珍しい事ではないだろう?」
「だって、俺まだ子供だし…アンタが…いろいろ言われるだろ」
「まぁ、犯罪者だの何だのとは、今でも言われているから今更だよ?」

ロイとしてはエドワードを励ますつもりで言ったのだが、何やら余計な事だったらしい。
エドワードは真っ赤だった顔を一瞬で青ざめさせたかと思うと、今度は大粒の涙を零し始めた。

「やっぱり俺……結婚出来ない……」
「は!?何故だ!?」
「俺が子供だから……だから、俺…アンタの邪魔になる、から……」
「邪魔になどなる訳ないだろう?エドワード、落ち着きなさい」

具合が悪い所為だろうか、エドワードの可愛らしい唇から紡ぎ出されるのはいつにも増して自虐的な言葉ばかりで、今度はロイが青ざめる番だった。

「ほんとは、どうしたってアンタに追いつけない事くらい知ってる……けど」
「あぁ、エドワード……そんな風に自分を責めないでくれ」
「でも、俺は…そうやって目標立てて……ちゃんと釣り合うように、って……俺……」

ぎゅっ、と小さな手が縋りつくようにロイのシャツを掴む。
その必死な様子に心臓ごと鷲掴みされたような気がして、ロイは情けなく眉尻を下げた。

この子が年齢差をこんなに気にしているとは知らなかった。
いつだって明るく屈託なく笑ってくれていたから。
てっきり年齢差に引け目を感じているのは自分だけだと思っていたのだ。

「早く大人になりたい……早く1人前になって、アンタのものになりたい」
「エドワード……それならば、婚約式をやろう」
「え……?」

まさかそんな事を言われると思っていなかったのか、エドワードは涙に濡れた目でロイの顔を不思議そうに凝視した。
頬を滑り落ちる涙がキラキラと綺麗だ。

「私は酷い男だから」
「?」
「私と結婚すれば、君はきっと苦労するよ。私が言われるように、君もいろんな事を言われるだろう。軍部には口さがない輩が一杯いるからね。私はそこへ君を引き摺り込むんだよ」
「ロイ……?」
「分かっていて、君を手放さないと言ってるんだ。君はそうやって私を思って言ってくれるのに、私は君を手放す事が出来ない」

驚きに見開かれた目がパチリと瞬きを繰り返す。
それをいとおしげに眺めて、ロイは指先をエドワードの頬へ滑らせた。

「親しい人達を呼んで婚約式をしよう。そしてこの家で一緒に暮らそう」
「そんなの、何の解決策にもならない」
「なるよ。言いたい輩には言わせておけば良い。そんな輩は、私達が一緒に住もうが別に住もうが、好きな事を言ってくれるだろう。なら、そんなものに何故遠慮しなければならない?ならば、いっそ婚約式をして関係を公にしてしまえば良い」
「でも……」
「私が、君を自分のものだと言いたいんだ……だから、一緒に暮らそう?」

ホロホロと、エドワードの頬を流れ落ちる涙に唇を寄せて、ロイは祈るように囁いた。


「そして、学校を卒業したら……私と結婚してくれるかい?」
「ロイ……」


くしゃりと顔を歪ませて、エドワードは更に大粒の涙を零した。
それは、流れては落ち、新しく生まれ次々と零れ落ちては、キラキラと光を弾きながらロイの掌を濡らしていく。

その涙の美しさに―――


「これでネックレスを作ったら、きっとウェディングドレスに似合うだろうな」
「……キザ」


そう言って、2人して幸せそうに笑った。



2010/11/11UP

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