未経験区域 実年齢の割に結構いろんな経験をしている所為か、あまり素直に自分を見せるような事はした事がなかった。 元来の気性も大いに関係していると思うが、可愛いというには程遠い性格だ。 「まったく……可愛くないね、君は」 「うっせー!可愛くなくて結構だ!」 力任せに閉めたドアに凭れて、もう何度目かも分からないため息を吐く。 あぁ、またやってしまった。 売り言葉に買い言葉、といえば確かに違いないのだが、結局は相手の言葉に過剰反応しているだけとも言える。 そう後悔しても後の祭りだ。 掌の鍵を弄びながら、とぼとぼと廊下を歩く。 こんな時は、文献を読んだところで集中出来ないのは分かり切っていたけれど、ぼんやりと廊下に突っ立っているのもおかしいので、とりあえず資料室に向かった。 新しく入ったという文献に手を伸ばせば、古い紙とインクの匂いが鼻につく。 可愛くない子供に差し出される大人の優しさ。 それがとても憎たらしかった。 「いっそ…怒鳴ってくれたら良いのに」 そしたら、言わなくて済んだ言葉だってあったのに。 謝る事が出来たかもしれないのに。 だって、本当は 「大佐……好き……」 あの嫌味な大人に、恋してしまっているのだ。 実年齢の割に結構いろんな経験をしてきたけれど、こんな気持ちは初めてだから、どうすれば良いかなんて分からない。 痛くて苦しくて切なくて―――未経験区域は想像以上に危険地帯だった。 地雷だらけで逃げようにも逃げられそうもなくて、だけど、1人じゃどうしようもなくて。 こんなところに足を踏み入れるつもりなんてなかったのに。 「鋼の」 「…っ」 「いるんだろう?入っても良いかい?」 “入って”くるのは、この部屋へか―――それとも、この地雷まみれの未経験区域? 踏み込んだ後には、何か変わるのだろうか。 ガチャリとノブが回って、胸が高鳴る。 賺したあの大人が踏み込んでくるまで、あと少し。 2009/08/27UP back |