Eques.
『月がきれいだよ』

チュンチュンと鳥のさえずりが朝を知らせる。朝陽が窓から射し込みエレンの眠りを妨げた。薄目を開けてみると、少し顔色が悪いがぐっすり寝ているメルヴィンの顔が目の前にある。
驚いて起き上がり声を出しそうになったが、口を押さえて堪えた。

「(そうだ……。俺、メルヴィンさんに話聞いてもらって…)」

なんとも言えない嬉しさと恥ずかしさに顔を赤くした。ふと気になって時計を見ると、6:30。
無断外泊した以上、早く帰るにこしたことないだろう。

「(勝手に帰っていいのか?お世話になったんだし…)」

ぐっすりと寝入っているメルヴィンの顔を見ながら逡巡し、結局気は引けるが起こすことにした。

「メルヴィンさん、起きてください。メルヴィンさん?」

肩を揺すってメルヴィンの覚醒を促す。数回揺すっていると、眉をしかめながらも上体を起こした。
しかし、眠いのかその上体はフラフラと頼りない。

「おはよ、お…」
「おはようございます」

大きく欠伸をするメルヴィンにエレンは思わず苦笑が洩れる。
メルヴィンがごしごしと眼帯の上から目を擦る。

「メルヴィンさん、そっち眼帯です」
「あ、間違えた」

改めて左目を擦る。その仕草を眺めていたら、エレンは今さらはたと気付いた。
いつも留めてある横髪が下ろしてあるのだ。
普段浮かべている笑顔で既に穏やかな雰囲気を醸し出しているのに、髪を下ろしたらさらに雰囲気が柔らかくなる。

「(いつも下ろしてればいいのに)」
「イェーガーくーん。今何時ー?」
「あ、6:30です」

メルヴィンの眠そうな声に答えると、メルヴィンの姿が消え肩が重くなった。

「早いー寝るー上司労ってー」
「ちょっと、メルヴィンさんっ」
「いーや」

エレンの肩口に乗せた額をぐりぐりと押し付ける。眠さに駄々をこね始めた上司にどうしようかと思案する。すると、ある人物の顔が思い浮かんだ。絶対に逆らえないであろう上官の顔が。

「俺、兵長から怒られるんですけど…」

エレンの言葉にメルヴィンはピタリと動きを止めた。間が空いてのっそりと上体を起こす。

「……イェーガーくんは可愛い後輩って思ってたのに」
「すいません」
「風呂。入ってないでしょ?新品の下着あるし、身長変わんないから着替え用意するよ」
「え、でも…」
「早く行く!潔癖症の兵長の前に出るなら入らなきゃ」

グイグイとメルヴィンから洋服の腕の部分を引っ張られる。少し不機嫌そうなメルヴィンに圧されて、エレンは折れた。

「寝ないで下さいね」
「上司に向かって言う言葉じゃない」

プイッと背を向けて着替えるためにダボダボのシャツを脱ぎ出したメルヴィンから目を離して、洗面所兼シャワー室に入る。
簡単にシャワーを済ませて用意された着替えを着てシャワー室から出た頃には、メルヴィンは糊の利いたカッターシャツを着て調査兵団のジャケットを羽織り髪を留め、いつも通りの姿で机を片付けていた。いつの間にか書類が片付いている。

「それじゃ、行こうか」
「はい」

こくりと頷いて二人は部屋を後にした。






「遅ぇ」

メルヴィンが扉を開けた瞬間、リヴァイの蹴りが飛んできた。しかし、メルヴィンは動じることなくひらりと避ける。

「おはようございます」
「なんでエレンを昨日のうちに帰さなかった」
「夜遅かったですし」

不機嫌なリヴァイに臆することなく発言するメルヴィンに再び蹴りが飛ぶ。それがメルヴィンに当たることはない。

「今日は僕も訓練に参加し―――」
「今のお前に参加されたら士気が下がる。寝てろ」

メルヴィンが食い下がるも受け入れられることはなく、渋々リヴァイ班の自室に入っていった。他のリヴァイ班は外に出ていたが、エレンは残念そうにメルヴィンが上がっていった階段を見上げていた。そんなエレンにリヴァイが後ろから蹴りを入れる。

「お前、メルに感謝しろよ」
「え」
「締め切りが明後日の書類まで終わらせてお前を送ってきたんだからな」

曰く、自分の隊の仕事が終わるまでここに来るのを許してないらしい。
気付かされた事実に申し訳なさと嬉しさがエレンの中に入り交じる。

「おい、ボーッと突っ立ってねぇで行くぞ」
「はいっ!」

訓練に出るリヴァイの背をエレンは追い掛けた。









ふぁ、と長い時間寝たにも関わらず大きな欠伸が出る。まだ睡眠時間が足りないらしい。
階段を降りて人気のない居間を見て、外に出ると獲れた食料を外で食べているようだ。そこにはハンジの姿もあった。メルヴィンはハンジににっこり笑って手を振る。

「おはようございます」
「おー、おはよう。あと数時間したらおやすみだけどね」

ハンジの言葉にクスリと笑って腰掛けるとペトラが体調を聞く。先ほどよりいいと正直に伝えると、ペトラがホッと一息吐いた。

「お肉ありますよ?」
「遠慮しとくよ、ありがとね。スープある?――――ならお願い」

厨房にあるのだろう、厨房へと姿を消したペトラを見送って、メルヴィンは伸びをする。必然的に見上げる形になった月を見て、顔を弛めた。

「今日も月がきれいだね」
「おんやぁ、メルくん。それはそれはお熱なようで?」

メルヴィンの言葉に食い付いたハンジがニヤニヤと笑みを浮かべて隣に座り肩に手を回す。そんなハンジにメルヴィンは呆れを見せた。

「ハンジ分隊長の頭の方がお熱なようで」
「色恋沙汰はないのー?つまんないじゃん、モテ男ー」

二人の話に耳を傾けていたエレンは話が読めず、つい口を挟んだ。

「どういう意味ですか?」
「ん?何が?って、この話?――――いやぁ、昔の著名な人の本でね、『I love you』を『月がきれいですね』って訳したって書いてあってさー」

へぇーと得心して頷いていたエレンははっと気付いて顔を赤くした。ハンジはその姿にニンマリと笑みを作る。メルヴィンはエレンの反応に思い出したようでふふふ、と笑んだ。

「別に深い意味はないよー」
「わ、分かってますよっ!!」

指摘されてさらに赤くする。やり取りに気付いたハンジはつまらないようでメルヴィンの頭を乱暴に撫で、「たらしがっ!」と揶揄する。
メルヴィンは笑って運ばれたスープに手をつけ、また別の話に花を咲かせた。

「んー、お腹一杯になったし、僕はもう寝ようかな」
「眠り姫にもほどがあるからね、メルちゃん」

ハンジの突っ込みも気にすることなく立ち上がってフラフラと歩き出した。危なっかしいメルヴィンを見ていられず、慌ててエレンが手を取る。
本当に眠いのだろう。意識が朦朧としているようでほとんどエレンに体重を預けている。消去法でメルヴィンの部屋に辿り着いた途端、エレンと共にベッドに倒れ込んだ。メルヴィンの腕からなんとか抜け出し、エレンはメルヴィンの靴を脱がせてやり、簡単に留めていたピンも取ってやる。
布団にきちんと寝かせ、留めていた髪を手櫛で鋤いてやる。むずがるような、でも少し嬉しそうなメルヴィンに笑みが自然と溢れて撫でる。
昨日とは逆だ。
まだうっすらと残る隈を見てぼんやりと思った。

「月がきれいですよ」

口をついて出た言葉に己が驚く。

「聞こえてるよ」

ふふふ、と笑ったメルヴィンの声にエレンの撫でる手が止まった。眠かったメルヴィンははっきりと発音できていなかったのだが。
すやすやと聞こえてきた寝息にちゃんと眠ったことを確認して部屋を出た。
勿論、おやすみなさいを忘れずに。







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二本連続でエレンが二人の背中を見てるのが実は味噌だったり




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