私と彼の関係が始まってから、その様子は顕著になった。
彼は、自分のことが嫌いだ。
何もできない自分が嫌いみたいだ。

そして私は、そんな彼の慰め役としてここにいる。
いったい私にどれだけのことができるのか、自分では全くわからないのだけど。
彼が良ければ、それでいいと思った。

「あ・・・名前、さん、」

しんと静まり返った教会に、扉の音だけが異様に響く。
とても嫌な音だ。
昼間と夜では、こうも違うのだろうか。

びくりと肩を震わせて私を振り返った彼の目尻は、うっすらと赤くなっていて。
とても痛々しくて、可哀想。
薄い橙色の明かりの中、彼は一人聖堂の長椅子に座っていた。
彼は本来、そこに座る人間ではないはずなのに。

「牧野さん、」

私は続けようとした使い古しの言葉を飲み込んだ。
「大丈夫ですか?」「何を考えていたんですか?」「また、怖くなったんですか?」
もう何度言っただろう。今更声に出すこともないと思った。

「ああ、名前さん・・・本物ですね・・・」
「・・・はい、私です」

いつものように隣に座った私に、縋るように彼は腕を伸ばす。
この腕を振り払ったらきっと牧野さんは。
邪な考えを振り払って、彼の背中に手を回す。

安心したようなため息が、私の首元で聞こえた。
吐息がかかってくすぐったい。

「よかった、わたし、名前さんがいなければ・・・」
「牧野さん、それは私もです」

人の感触を確かめるように、彼は時々私に回した腕に力をいれる。
私もそれに応えるように牧野さんの背中をさすった。
信頼しきったその挙動が、とても危うい。

決して寒くないはずなのに、ひやりと冷たい彼の肌が時々私に直接触れる。
きっと彼は、いつまでたっても温かくならないのだろう。
温かさを、言われるがまま周りに振りまいてしまっているから。
そこには何も残っていないのだ。

「名前さんは、本当に、あたたかいです」

まるで心を読んだように、私に聞き取れるくらいの声で彼はつぶやく。
もしかしたら独り言だったのかもしれない。

「・・・はい」

セットの崩れてしまった彼の細い髪の毛を梳きながら、私も独り言のように返事をする。
彼が聞いていようと聞いていまいとどちらでもいいのだ。

お互いのことを思ってしまったら、そこでこの関係は終わってしまうのだろうと、どこかで気づいていた。
そして彼が、そのことに気づかない限りはきっと、私は牧野さんの力になれる。
私だけが、秘密を秘密にしていればいい。

「しろくて、すべすべしてます」

ひんやりとした指先が、私の首筋をなぞる。
肌がぞくりと粟立った。
少し掠れたような牧野さんの声音が、とても冷たく感じる。
まるでどっかの誰かみたい。

「牧野さ、」

指先とは対照的に、熱い舌が私の鎖骨を舐め上げる。
息を呑む私の様子を感じたのか、牧野さんが小さく笑うのがわかった。

「っ!」

耳の奥で、ぶつっと皮膚の避ける音と、歯がかみ合う音が聞こえた。
痺れるような痛みが体に広がる。
思わず声を上げそうになったけれど、寸でのところで我慢できた。
心臓が、鼓動のスピードを上げた。

「かんだところ、もっと熱くなってます」
「っは、ぁ、牧野、さん・・・」

きっと小さく怪我をした程度の傷だろうその場所から零れた血を漏らさないように、彼の舌が一個の生き物のように動くのを、黙って見つめる。
熱にうかされたような牧野さんの表情に、ああきっと私も今こんな顔をしているのだろうなと思った。

「名前さん、とても、きれいです」

傷跡を愛するように舌を這わせる牧野さんは、うわ言のように好きだと繰り返す。
人間の治癒能力を発揮させてくれない舌は、物足りないかのようにぐりぐりと傷跡を抉ろうとする。膿んだらどうすしたらいいのか。この村唯一の病院を、この人は嫌っているのに。
気付いたら、私は痛みに声を上げていた。
これは皮膚が裂ける感触。

「ああ、泣かないでください」

さっきから視界がぼやけているのは、涙のせいだったのか。
ぼやけた視界で、それでも愛おしそうに私の涙を拭う彼の表情がとても慈愛に満ちているのがわかった。

「名前さんに泣かれるのは、とても辛いです」
「っ、泣いて、ません・・・よ」

体を動かすたびに響く痛みに、それだけ言うのが精一杯だった。
首筋だけじゃない、どこもかしこも痛い。

「あの、名前さん、」
「なんです、か」

彼の赤い唇は、熱のせいだろうか。それとも。
同じように頬を赤く染めて、最初のような私にすがる瞳で。
唇と唇が触れるその距離まで来て、彼は最後の審判を私に委ねるのだ。
どうせ私が否定しないと分かっていながら、なんて狡い。

「・・・もっと触れても、いいですか?」

愛情なのか、懺悔なのか、それ以外なのかもわからないこの感情は。
一体何と呼称すればいいのだろう。







20140518

ガラクタ

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