03:甘いものは いっときの幸せを運ぶ




「退院パーティ…?」
「そう。今日俺んちで、どうかな?」

目の前の少年は、ぎこちなく頷いてそう告げた。



―――
――――――


例の事故から10日目にして、ようやく 医師からの退院許可がでた。退院したといってもケガが完治したわけではない。未だ全身のあちこちが痛いし、骨折した左腕もギブスや三角巾でしっかりと固定され、今後も通院しながら定期健診やらリハビリやら いろいろとめんどくさいことだらけだ。

久々に登校した学校では、私の姿を見るなり純粋に心配してくれていた女の子達や単に面白がっている野郎どもがわらわらと集まり、根掘り葉掘りありもしないことすら質問された。不良グループに喧嘩売ったって、どっからでたんだその話。とはいえ、そんな彼らの興味も時間とともに薄れていくわけで。数日たった今では すっかり以前通りの対応である。

そんな学校生活も今日で一区切りを迎え、明日からは夏休み。ぐるぐる巻きにされた左腕が 夏の暑さでむしむしする今日この頃。あんなことがあってからも、沢田たちとは以前と変わらない適度な距離感を保てていた。まぁ、山本は前よりもいくらか話かけてくることが多くなったが…。たぶんこっちを気遣ってのことだろう。彼だけはあれからも何度かお見舞いに来たしね。沢田は逆に、事故の気まずさからか向こうから距離を置かれている。獄寺?あいつは知らん。

なんにせよ、平穏な学校生活を送っていたそんな時…。不便な腕で帰る準備をしていると、ふいに ひとりの人物から声をかけられた。

「……どうしたの?」

意外な人物の登場に少しだけ驚く。
沢田綱吉…。まさかこのタイミングで彼から話しかけられるとは。珍しくひとりの彼は、何かを言おうか言うまいか、「あ」とか「その」とか言葉を詰まらせながら視線をキョロキョロとさせている。いったい、どうしたんだってばよ…。

「ようがないなら帰るけど?」
「あー!!まってまって!!ある!用ならあるから!!」

バックを持ち上げ 帰りますアピールをすれば、沢田は慌てたように声を張り上げた。本当は即刻この場は離れたいが、こうも言われてしまえば話を聞かないわけにもいかない。気づかれないように小さくため息をつき、彼のほうに顔を向ける。

「なに?」
「あ…、えーと………、ケガの調子はどう? やっぱりまだ 痛む、よな?」
「あぁこれ?…まあ、みての通り。それなりに」
「そ、そうだよな…。」
「? 話はそれだけ?だったらもう帰
「ああああまって!!まだ帰んないで!!それだけじゃないんだ!た、退院祝い!ケガのお詫びもかねて、その…、退院パーティをさせてほしいんだ!!」


そして冒頭に戻る。
一瞬、何を言っているんだこいつは?と思った私は悪くないと思う。いやだって、加害者(そんなに仲良くない同級生の男子)が、被害者(まだたいしてケガの調子もよくなっていない女子)を家に招いてパーティするって…普通じゃないでしょう。あ、この人たち普通じゃなかったわ。なら仕方がない、とはならない。

「悪いけど私、今日はこの腕の件で病院に行かなきゃならないんだ」

嘘ではない。骨折をちょっぴり感謝した瞬間だった。まあこんなけがを負うような目にあったから、こんなことになってしまっているんだろうけど。
正直に予定をのべ、相手に行けない事情を伝える。こちとら誘いにのる気などさらさらないのだ。ましてや相手のテリトリーになど…。嘘であっても断っただろう。

「あー、そっか…。じゃあ明日は?」
「お母さんと買い物。久しぶりに出かけられるから」
「じゃあ明後日?」
「お父さんの実家へ顔出しに」
「しあさっ
「ては自由研究の資料集めしたいから忙しい」
「…その次は…?」
「その日からは沢田が補習じゃないの?期末テスト、今回も散々だったんでしょう?」
「そ、そうでした…。」

最悪だ、と落ち込む彼に、夏休みまで学校で勉強とは精が出るね!と声をかければ、彼はますます肩を落とした。そんなジト目でみられても怖くないよ。

しかし、気弱な沢田にしては随分と積極的な…。この調子ではこの先の予定も全部聞かれてしまいそうだ。なにか事情でもあるのか?だとしたら何かしら手を打たなくては。このまま何かに理由をつけて断り続けるには無理がある。依然として落ち込んだ様子の彼に目を向けながら、どうしたものかと考えを巡らせる。

「こんなに誘ってもらってなんだけど、お詫びとか、そんなん気にしなくていいよ。あれに関しては私自身 不注意だった部分もあるから(まったく思っていないけど)」
「そ、そういうわけにはいかないんだ!!じゃないとリボ、じゃなくてっ、…オレ…!そう、何かしないとオレの気がすまないっていうか…!!」

ダ ウ ト。相手は黒だ。間違いなく裏であの小さなヒットマンが糸を引いている。それが判明した今、ますますこの話に乗るわけにはいかない。沢田の慌てた様子といい、積極的な姿勢といい…。なるほど、それなら説明がつく。

「君も律儀だね。別にいいのに…。でも、そうだな…」

顎に手を当て、わざと考えるような素振りをみせる。ちらりと彼のほうを見れば、期待するような目をこちらに向けていた。…ごめんよ沢田。答えはもう決まっているんだ。

「…じゃあケーキ。どうしても気が済まないって言うんなら、ケーキ奢ってよ。両親の分も合わせて3つ。近くにおいしい洋菓子のお店があるんだ。そこに寄るくらいの時間ならあるし。さ、そうと決まればちゃっちゃと買いにいこ」
「え、まっ、俺まだ何もっ」
「お母さんはフルーツタルトでしょう?お父さんはなんだろう…チョコ系かな。あ、でもあそこ、モンブランも美味しいんだ。沢田も家の人に何個か買ってったら?いろいろ種類もあるし、どれも美味しいから結構おススメだよ。私のイチオシはベイクドチーズケーキ」
「ちょ!!」
「前に笹川さんに教えてもらってさ。いろいろススメられたんだけど、ほんと、どれも美味しくて―」

意見をさせないように、矢継ぎ早にそういいながら彼の手を引く。
学校でもない場所で沢田綱吉とふたりきりになる、という点では少しばかりリスキーかもしれないが、今後いつまでもこの件を引きずらせるよりも早々にこっちで落とし所をつくって動機を断ったほうが良さそうだ。少なくとも夏休み中に絡まれることはなくなるだろう。


ぎゅっと握った彼の手は、これから多くの試練を生き抜く人物とは思えないほど頼りなくて。胸の中に広がる何かを誤魔化すように、私は足を少し速めた。


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