2人の空間



オフが重なった日。
ゆったりとブランチして、一緒の空間で各々好きな事をするこの時間。


一緒の事をしない、けど。
空間は一緒。


パソコンに向かって仕事をしてたのが一段落して。
両腕を上げて伸びをする。


集中してた時には聞こえなかった、敏弥さんの繋いでないベースの音が聞こえて来た。

その音の方に視線を向けると、背中を丸めた敏弥さんがベースを弾く後ろ姿が見えた。


「ッ、なーに、びっくりした」
「なに弾いてんの」
「ん?なに弾いて欲しい?」
「んー」


その背中に、べったりと伸し掛かる様にくっついた。
乾いたベースの音が止んで、敏弥さんが俺の方に顔を向けてふにゃっと笑った。

つっても、俺が背中に乗ってっから後ろ振り向けねーけど。

膝立ちで敏弥さんの背中にぴったりくっつく。
あったけー。


「じゃー敏弥さんのベースソロん所弾いて。アクロの丘とかCage」
「うわ、懐かしいモン言ってくんね」


敏弥さんの背中から退いたら、ベースを抱えたまま身体を反転させて俺の方を向いて。
柔らかい毛並みのラグの上、向かい合わせにして座り込む。


敏弥さんが俺のリクエスト通りに弾いて。

俺はベース弾けねーけど、敏弥さんの弾く姿は好き。
普段と違って何倍も格好良く見える。


何回も聴いた、敏弥さんのバンドの音が。
乾いた、ベース音として耳に届く。

昔と違う弾き方で。
その弾いてる手が、俺は好き。


「…どーよ」
「うん、格好良い。ベースは」
「ベースはって何。俺だろ俺」
「は、ありえねー。じゃ、俺んトコのベースコードも弾ける?」
「あー…楽譜あったら弾けんじゃね。あんの?」
「多分パソコン中に全部入れてっかなー…」


そう言いながらパソコンの方に這ってって自分の楽曲が入ってるファイルを呼び出す。


「あー…これは?弾いて」
「んー?……ルキ君、俺を試してんの?」
「別にー?うちのベースも弾けますから」
「そら弾けるだろうよ」


呼び出したベースの楽譜画面を敏弥さんの方に向けると。
ベース持ったまま近付いて来て、目を細めて画面を眺める。


口元でぶつぶつ何か呟いて、コードを追う視線と、ベースに置かれる指が軽く動く。


コードがちょっだだけ複雑だった、れいたのベースソロのヤツ。


真剣に見てる敏弥さんの横顔。
好きだなってちょっと思ったのがムカつく。

いや、好きなんだけど。













「うわ、マジ弾けたし。ムカつく」
「何でだよ。弾けっつったのルキ君だろ」
「やっぱ楽器やってるヤツはコード見ただけで弾けんのかー」
「大体そうじゃない?つーか俺何年やってると思ってんの」
「はー…また今度れいたと入れ替わってみてよ」
「あはは。ルキ君の事は大好きだけど、俺は京君の後ろでしか弾きたくねーな」
「…ふーん」
「あれ?妬ける?」
「別にー?」
「大事なモンだもん。バンドも。そこが俺の居場所だからね」
「そりゃそうか。…御免」


そんなに軽く、俺もバンドの事を考えてる訳じゃねーけど。

正直ちょっと、妬ける。


それだけ音楽面で、京さんの事を信用してるって言うのが。


やっぱ俺もヴォーカルとして京さんは尊敬してるし。


「んーん。バンドとは別だよ。ルキ君は。オフの時の俺の居場所が此処だから」
「……」


パーマで長い前髪の奥に見える目が優しく弧を描いて。

ベースをゆっくり外してラグの上に置いた敏弥さんは、俺の方へと顔を近付けて来る。


から、その顔をベシッと叩く。


「ぶッ」
「調子乗んなバーカ」
「ちょっとちょっと!今から恋人達のラブラブタイムになる予定だっただろ!空気読めよもー」
「はいはい」


ぶつぶつ言う敏弥さんにちょっと笑って、掛けてた眼鏡を外して顔を近付ける。

キスしようと唇が触れる瞬間、敏弥さんの顔が引かれてキスし損ねる。


「さっきの仕返し」


ムッとした俺ににっこりと笑って、今度は唇にちゃんと触れる。
お互い、唇を合わせるだけの柔らかいキス。


じゃれ合いの様な。
そんなキスに、唇を離して目を開けると。
敏弥さんと目が合った。


愛しいって思う感情が沸き上がる。
それは敏弥さん同様、この場所も俺の居場所。

敏弥さんとの、この空間が。



END


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