望む形は非なる物/京+薫




「京君、少しでも食った方がえぇよ」
「……」
「……」
「……」
「京君…、まだツアーあるんやから」
「……いら、ん」
「……」


ツアー初日。

地方やから、ホテルに泊まっとんねんけど。


俺は京君と同室。


ここ数日、ほぼ京君とおって。


不安定な京君を放っておけんからやけど、一人にしとくと何するかわからんし。


ライブ終わってホテルのベッドの上。
入ってからずっと布団被ったまま。


初日やし、打ち上げ的なモンもあったんやけど京君はホテル帰る言うし。

嫌がる京君を無視って、一緒に帰って来た。


マネに買って来て貰ったデリバリー系の夕食もテーブルに置いたままもう冷めてもたやろな。


ライブ終わりの枯れた声。


このまま、寝るつもりなんやろか。


ソファに座って、煙草を吸いながらシーツから出た京君の頭を見つめる。


「……辞め、たい…」
「…え?」
「……歌う、事…」
「……」
「…もう…しんどい」
「……」
「…でももう、僕には歌う事しか無い」
「京君…」
「何でなんやろ…」
「…そんな事言わんといてや、京君」
「……」


呟く様に言う京君。


敏弥とおったから精神的バランスを保てとったんか。

敏弥と別れたからそうなったんか。


どちらにしても、京君の中での敏弥の存在が大きかったって事で。


これからツアーがずっと続く中。

大丈夫なんやろか、京君は。


煙を吐き出し、灰皿に煙草を押し付ける。


……俺は、京君がステージに立ってくれなバンドとしてアカンくなるから。
宥める言葉を探しとんやろか。


もう、わからへん。


「……ほうやな、僕が歌わな活動出来ひんもんな…」
「……」


自嘲混じりの京君の声に、一瞬ドキッとする。


「…京君、そんな事な、「嘘吐くなやボケ…ッ!!」
「…っ、」


いきなり顔を上げて京君が声を荒げて、枕をこっちに投げ付けて来た。


「何が違うん!そうやろ!僕が歌わんかったら困るからそう言う風に言うだけやろ!ホンマ嫌いや!薫君も、皆…!」
「……」
「どうせ薫君やって面倒やとか思っとんやろ!こんなめんどい奴なんて嫌いなんやろ…!」
「……」


人を試す様な言葉を吐いて、不安そうな京君の顔。


ソファから立ち上がって、京君の方に近寄る。


ツインの部屋。

広い言うてもそう距離は無い。


「ッ、こっち来んなボケッ」
「……」
「…、来んなって言うとるやろ…っ、」
「京君」


ベッドの上、逃げる京君の手首を掴む。


ザラッとした、普通の皮膚とは違う嫌な感触。


暴れて逃げ様とする京君の手首を強く掴む。


「いっ、た…薫く…!」
「言うたよな。何があっても、バンドには影響させるなって」
「………」
「京君がおらんかったらバンドが成り立たんのも事実やし、俺は京君の歌に、声に、心底惚れとる」
「………」
「なぁ、やから。辞めるなんて言わんといてや」


辛そうに歌う京君。

自分を傷付ける京君。


京君に取って、ステージに立って歌う事は今辛い事なんかもしれん。


でも、歌う事を辞めたら。


京君は生きる事も辞めてしまいそうで。


無理矢理にでも、ステージに立たせるしか無い。


俺は敏弥の様に、彼を愛せへんから。


彼は人一倍愛を欲しがっとるとわかっとっても。


「…っ」
「御免、京君」


拘束しとった手をゆっくり外す。

泣きそうな顔を一瞬見せた後、京君は俺に背中を向けて背中を丸めた。


拘束しとった掌に、京君の血がついて握り締める。


敏弥と付き合って、京君の世話役は敏弥に取られたなって思った。


でも。

こんな役割なんか欲しく無かった。


背中から京君の身体をキツく抱き締める。


自分のこの行為が偽善やとわかっとっても。





20101216



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