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「私が、そう簡単に諦める訳ないだろう。紫亜さん自身には、もう迷惑を掛けないとは言ったが、紫亜さんの相手に迷惑を掛けない、とは言っていないからね」
「相変わらず性格悪っ」
「何を今更」
菱川は換気の為に開けていた窓を閉めようと、窓の方へ行き、手に掛けた。
その時、ふと外の様子が目に入る。三階の窓から、それはよく見えた。
「紫亜さんの相手だ」
静かな声音だが、はっきりと聞こえた言葉に櫻木は興味を持って、菱川と一緒に窓から外を見る。
そこには、紫亜と私服の沖田の姿があった。
「……あの子、確か真選組の沖田総悟よね。結構前に新聞に載ってたわ。器物損壊とかで。しかも、あの子って確か十代じゃない?」
「ああ。紫亜さんより七つも下だ」
仲良く話している姿が気に入らず、菱川は踵を返して机に戻り、やりかけている仕事を再開した。
「定一。もしかして、沖田くんが殉職してくれないかなーとか思ってない?」
「私が願っているのは、紫亜さんの幸せだ」
「へェー」
少々胡散臭いと思いながら、紫亜達を見つめる。
沖田が紫亜に口付けし、解放された紫亜は頬を赤く染めながら、嬉しそうに笑う。それを見た沖田も、嬉しそうに優しく微笑んだ。
遠目から、そういう細かい部分は見えなくても、仲が良いという雰囲気は伝わってくる。
「……定一。もし、沖田くんが殉職して、聖さんが独りになっても…きっと聖さんは沖田くんの事、想い続けていると思うわよ」
「女の勘、というやつか?」
「ええ」
「……全く。恵の女の勘は当たるからな。口にしないで欲しかったものだ」
櫻木は振り返って、クスリと笑った。
「あら。そういう事を言うって事は、本気で当分想い続けるつもりなの?本当、バカみたいに諦めが悪いわね」
「バカで結構だ」
「……こんなバカな男でも、まだ諦めきれないバカな女もいるのよね」
小さく呟いたその声は、仕事をしている菱川の耳には入らなかった。
「定一。愚痴があれば、いつでも聞いてあげるわ。幼なじみのよしみで」
「女性に愚痴を零すような事はしない」
「強がっちゃって。ま、いいわ。それじゃ私、帰るわね」
櫻木がハンドバッグを手に取りながら言うと、
「送って行こう」
と、菱川は仕事をする手を止めて、立ち上がった。
「いいわよ。聖さんの事をまだ想うのなら、他の女性に優しくするものじゃないわ」
櫻木は微笑しながら、ヒラヒラと手を振って部屋から出て行った。
一人になった菱川は、再び窓の傍へ行き、外を見つめる。既に、沖田と紫亜の姿はなかったが、数分して櫻木がそこを通った。櫻木は上を向いて、菱川の姿に気付くと一度手を振って、真っ直ぐ前を見て帰って行った。その姿を見送りながら、菱川は静かに呟いた。
「すまない。本当は気付いている。恵の気持ちは」
しかし、気付いたのは紫亜に本気になった後。だから菱川は、櫻木が何も言わないのを良い事に、ずっと気付いてない振りをしてきた。
「……こんな諦めの悪い男を、キミがいつまでも待つ必要は無い」
まだ暫く、紫亜の事を吹っ切る事が出来そうにない菱川は、自嘲の笑いを漏らして窓を閉めた。
=終=
→あとがき
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