残された時間は少ない。
急いで2番目の島のドラッグストアへ向かい、薬物の調達を済ませる。
なるべく早く死に至るのなら何でも良い、自室の器具を駆使してわたしは目的のものを作り上げる。
わたしは『超高校級の化学者』だから、これぐらい動作もないことである。
人を救うために使うべき才能も、こうしてしまえは絶望となんら変わりはない。
しかし、これで人の命が救えるのだから。


あの時と比べて、不思議と迷いはなかった。
記憶を失って、あの学園へ閉じ込められて。
唯一の手がかりは、記憶を取り戻すことだった。

今回は、わたしが原因となってこの事態を招いてしまった。
ならば、それ相応の責任を負わなければならないのは必然だった。
…立派な理由を並べてはみるけれど、結局はわたしが逃げたいだけなんだと思う。
先輩達を助けるだなんて、大それたことを言って結局何人の人間が犠牲になったのだろう。
そして今、放っておけば無関係の人間も含め全員の命が失われてしまう。
そんな重すぎる責任を、わたしは一人で抱えることなんてできなかった。
わたしは弱い人間だ、この重みを放棄するため自らの使命を全うせずに…逃げる。
死をもって、絶望から逃れるのだ。

「……ごめん、みんな」


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「おい!爆弾があったぞ日向!」

4番目の島を捜索していると、息を切らせた九頭龍がこちらへやってきた。
何やら爆弾が見つかったらしい、そんな朗報をほかの人間に伝えるためにも俺達は島を手分けする。
中央の島のソニアと、3番目の島の七海だ。
先に中央の島へ向かったが、どこにもソニアの姿は見当たらない。
突然現れたモノクマ曰く、どうやらソニアは5番目の島にいるらしい。
…彼女が何故そこにいるのかは知らないが、この島にいないのなら次は七海だ。
3番目の島へ向かおうとすると、何故か七海がホテルの方に向かっているのを発見した。

「おい、七海!?」
「ごめん日向くん、私は後で行くから先に行ってて!」
「…あ、ああ」

七海はそう言って、俺と反対側へ行ってしまった。
仕方がないので俺は5番目の島へと向かう、ソニアを連れて行かなければならない。

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「…汐海ちゃん」
「……な、七海…ちゃ、なんで」

死を覚悟したわたしの前に現れたのは、七海ちゃんだった。
あと一歩で、逃げることができたのに。
そして、彼女はわたしの逃亡を許してくれるような人間ではなかったのだ。

「七海ちゃん、もうわたし…疲れたよ」
「…そうだね、汐海ちゃんは一人で頑張ってくれてたもん」
「だからさ…もう、少し休みたい…」

ベッドに寝転んで、わたしは呟く。
それは七海ちゃんに向けている言葉のようで、自分へと向けられたものであった。
自分でも、まあまあは頑張った方であると思う。
その最後に、わたしの命を終えることで7人の命が救われるのだ。
それが一番…ベストな選択じゃないのか、なのに。
七海千秋は、それを許さない。

「……汐海ちゃんは、ひとりじゃないんだよ」
「…ひとりだよ、苗木くんや霧切さんはここにはいないの」
「私がいるよ!私だって、汐海ちゃんと同じ未来機関…ううん、友達だもん」

彼女は作られたプログラム上の存在でしかない。
人の感情には疎い、そういう印象を始めは持っていた。
しかしどうだろう、今の七海ちゃんは間違いなくわたし達と共に経験を積んだ人間ではないのか。

「…それでも」
「汐海ちゃんだけが負う責任じゃないよ。私だって、モノミだっているよ」

そう言って、七海ちゃんは私を抱き締めた。
プログラムかもしれないけど、そこには確かな温かみがあった。

「諦めるのはまだ早いよ、狛枝くんを止めてから…また考えよう?」
「…な、七海ちゃん」
「狛枝くんを止められるのは、汐海ちゃんしかいないもん」

…だから、ね?

七海ちゃんは言う。
……何故だかそれは、今のわたしに重く響いた。
苗木くんがいなくても、霧切さんがいなくても。
今のわたしには、こんなに頼もしい仲間がいて。
抱えきれないものを、一人で抱え込もうとしていたのは自分なのかもしれない。
七海ちゃんは未来機関ではないから、そうやって阻害して…自分の殻に閉じ篭って。

「さ、行こう?爆弾はヌイグルミ工場だよ!」
「………うん」

ごちゃごちゃ考えるのは後にしよう。
まずは、狛枝先輩と話をつける。

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ヌイグルミ工場へ向かうと、先日わたしが見た爆弾の姿がある。
その横には、パソコンとカードリーダー。
パソコンを起動すると、そこに映し出されたのは狛枝先輩からのビデオメッセージ。
要件は、その爆弾を止めるために必要なのはわたし以外の裏切り者の電子生徒手帳。

「こんなことでケンカなんてバカらしいよ。…ほら」
「あッ、おい七海!?」

七海ちゃんが、躊躇なくカードリーダーに電子生徒手帳を当てる。
結果はノー、ということは…結局このカードリーダーなんて何の当てにもならない。

「…全員の電子生徒手帳を貸してください。わたしが裏切り者のものを使います」
「………汐海さん、大丈夫です!それは爆弾ではありません!」

電子生徒手帳を回収したところで、ソニア先輩の声が響く。
彼女は彼女で、これが爆弾ではないと見出したようだ。
残り少なくなっていたエンジンも切れ、爆発すると見せかけたその時。
…ヌイグルミ工場内に花火が光った。

「……花火、みたいだね」
「どういうことだ、爆弾は狛枝のハッタリだったってのかよ…!?」

各々のリアクションを他所に、パソコンが再度再生し始める。
どうやら爆発したのを確認して、無線が動いているようだ。

『…ボクは隣の倉庫にいるからさ、話はそっちで聞くよ。それじゃあ、後でね』

狛枝先輩はグッズ倉庫にいる。
わたしは震える足を動かして、ヌイグルミ工場を出る。
倉庫のドアを開けようとしたが、何かがつっかえていて上手く開く気配がない。
おかしいと思い一度後ろ足になる。
そこへ、見かねた終里先輩が扉を勢い良く開ける。
流石に彼女の力には負けたのか、そのドアは空いた。
開いた瞬間、その部屋には賛美歌のような曲が流れていた。
狛枝先輩がいるはずなのに、何故か電気は着いていない。
曲に気を取られていると、どこからともなく火が現れる。

「…うおっ!?どうなってやがんだ!」
「と、とりあえず消化です!確か、工場の給湯室に消火用品があったはずです!」

急いで給湯室へ向かうと、消火用品らしいものは消化弾しかなかった。
とりあえず日が消せればこの際なんでも良い。
ありったけの消化弾を持って、倉庫の火に向かって投げつける。
……まさかとは思うが、この中に狛枝先輩はいないだろう。

「おいヤベーぞ…全く火が消える気配がねえ…!」
「雨でも降れば…、」
「そんなの降るわけ……!」

火元のカーテンには全く消化弾の効果もなく、どんどんと燃え盛る。
為す術もなく立ち尽くしていたところに、タイミングを見計らったようなスプリンクラーの水が降り注ぐ。
しばらくして、完全に消火し切って中を調べようとしたがどうにも有毒なガスの匂いが酷い。

「…で、もう中を調べてもいいの?」
「いいわけないじゃん!ダメダメ、換気扇をしばらく回さないと全員酸欠で死んじゃうからね!」
「………………?」

タイミング良く現れたモノクマを訝しむが、発言は確かに一理ある。
半分強制的に追い出され、しばらく待っているが………狛枝先輩はどこにいるのだろうか。

「…はい、お待たせしました!中をじっくり観察してね!」
「……狛枝くん、もう流石にいないよね」

扉を開けると、相変わらず酷い臭いが充満していた。…だが、何故だかおかしい。いくらこの倉庫に、沢山のものがあったからと言って…こんな酷い臭いがするのか。多分、何か原因となるものがある…はず。その正体を知っているようで、知らない振りをしていただけなのかもしれない。本当なら、このぐらいすぐわかるのだ…わたしは超高校級の化学者だから。でも、脳がそれを拒否する…『それ』が焼け焦げた臭いなのだとしたら、…だって、それができるのは。

異臭はカーテン奥からだ。自分の目が悪くて幸運だったと思う、それが何だかを認識するまですごく時間が必要だったのだから。絶対にそうだとは認■ない…そう、わたしの目が悪いから…だからそう見えちゃうだけでそんなことあるわけない、だって…確かにここにはいるって言ったけど。ありえない、あり■ないありえないありえないありえない違う違う違う違う違う違う違う『それ』は間違ってるこ■はプログラムだから何かバグが起きてこう見えるだけで絶対にありえないだっ■わたしはまだ言わなきゃいけないことがた■さんあるしそうさっき七海ちゃんとそのことを話し合ったばっかりでやっと決意してここまで来■のにどうしてな■でねえどうして!!…そ■もこれも全部わたしがいけないの?ねえ七海ちゃ■もわかるでしょ、わたしが死ななかった■果がこれだよねえ、わた■があの時■ななかったから今ここ■ほら他の■牲が生まれてるし■もそれはわたしが自分の■より大■■もの■か■■■わ■■は■■■■■■■■■■■■■■








「………………………あは、」




君は絶望という名の希望に微笑む(3)


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09/06


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