一夜が明ける。
先輩が言っていた爆弾のタイムリミットは、今となっては『明日の正午』だ。
起動すれば、ジャバウォック島の破滅。
だがしかし、この世界がいくら改変されたからと言って…このジャバウォック島全てを消滅させるような爆弾が存在するのか。
希望的観測を交えれば、それは狛枝先輩のハッタリであり…彼は裏切り者の正体を知ることが出来る。
……まあ、流石にそんな上手くはいかないだろうけれど。

「……なあ、どうすんだよ」
「相変わらずだねキミ達は。そんなんじゃ希望の象徴と呼ぶには程遠い」
「こ、狛枝…なんでここにいるんだよ」

今後の動向を話すためにレストランへ向かうと、そこには事の発端者こと狛枝先輩を含めた全員がいた。
裏切り者がまだ名乗り出ない事を憂いたのか、彼がとった手段は『爆弾の在り方のヒント』を与えることだった。
爆弾の場所は、わたし達がまだ一度も訪れたことのない場所。
…当てはまるのはネズミー城と、例の遺跡。
だが、遺跡に入る為にはネズミー城に示してあるパスワードが必要だ。
どちらにせよ、ネズミー城へ先に行くのが懸命な判断だろう。

「そ、そういえば…汐海さんは遺跡のパスワードをご存知ありませんか?あの扉には『未来』と書かれていましたし…」
「…………そうですね、確かに知っていますけど」

あのパスワードはわたし達の決めた、大切な5桁の番号だ。
教師役のモノミも知らなければ、もちろん七海ちゃんが知る由もない。
正真正銘、希望ヶ峰学園の78期生しか知らない…大切なパスワード。

「なら、私と汐海ちゃんで遺跡を見に行くよ」
「おい七海、そいつは裏切り者なんだぞ!…も、もしかしてお前もそうなのか!?だったら狛枝に早く言えよ!」
「左右田先輩…!七海ちゃんは違います!…遺跡には、わたし一人で行きますから!」

多分、左右田先輩に悪気はない…だけど、やっぱり辛かった。
それに、七海ちゃんを巻き込むわけにはいかないから。
わたしは駆け足で、遺跡へと向かう。
先輩達から離れるように、その遺跡へ。

5桁の番号を入力すると、あっさりとその扉は開く。
そこには、確かに物騒な車の上に大量の爆弾らしきものが積み上がっていた。
その一つを手にとって、確かめる。
…感じたのは微かな違和感、この無数の爆弾は、もしかすると……。


----


急いでレストランまで走る。
わたしの勘が間違っていなければ、あれは確かに爆発物ではあるが…そこまでの威力は感じられない。
例えるなら…花火のようなその程度の威力だ。
これらがどんなに大量であろうとも、ジャバウォック島を消滅させることは到底夢のまた夢である。

「…狛枝先輩!!」
「どうしたの汐海さん?裏切り者、教えてくれるの?」
「いいえ、そんなことしませんよ。……だってあの爆弾、偽物ですよね?」

狛枝先輩はこちらを見て微笑む。
その笑みは、どこか狂っているようで。
そっと先輩は、耳元で囁く。

「………正解だよ、流石汐海さん」
「……何で、こんなことしたんですか!?」
「キミともう一人の裏切り者を…ボク達『超高校級の絶望』から助けるためだ」

狛枝先輩は、あの時から自分たちが『超高校級の絶望』であることに取り憑かれている。
それは、このプログラムに入る時とさほど変わらない様子で。
先輩が絶望を嫌悪する理由もわかる…だとしてもこのプログラムは、そんな先輩達を更生させるためのものであるから。

「……いいよ、裏切り者を教えてくれないのなら仕方ない」
「…?」
「なら…キミだけを助けるために、もう一人には悪いけど犠牲になってもらうよ。汐海さんが希望として輝くための踏み台になれるなら、その人だって…誰だかは知らないけど希望だよね?」

不気味な笑いを浮かべる先輩を見て悟る。
狛枝先輩は多分…本気でわたし以外の人間を、殺す気だ。
その行為を、『希望』であると信じて疑わずに。

わたしが裏切り者の正体を教えなければ、死ぬ人間が一人増えるということ…そう彼は物語っていた。
今のところ狛枝先輩の行動を制御する方法は……ない、わけではないけれど。
モノクマ曰く、もし殺人が起こって…最後の学級裁判を生き延びた者は、この修学旅行の終わりが認められる。
つまり、誰かが死ねば…この修学旅行は必然的に終わる。
この状態で卒業プログラムを起動すると何が起こるのかはわからないが、あの江ノ島の力を持ってしても…恐らくプログラムの根幹部分の改竄までは行えないはずである。

このままでは、わたし以外のすべての人間が死ぬ。
打開策は、ただ一つ……誰かが死ぬこと。
なら、わたしにできることは?

……わたしは足早に、とある場所へと向かった。

----


ネズミー城に爆弾はなかった。
だがその場所は、この島とは別の雰囲気を持った場所であると俺は思った。
しかし、床に書かれているパスワードは読むことができない。
おそらく人為的に、狛枝が消したものだろう。
これは、遺跡へのパスワードである可能性が非常に高い。
…そういえば#汐海が遺跡へ向かったが、爆弾はあったのだろうか。
ソニアや左右田、九頭龍は単独で行動しているだろうが…心配なのは七海と終里だ。
あの終里の口振りを見ると、何だか嫌な予感がするが七海が止めてくれると信じるほかない。
爆弾の場所を見つけることすらできない俺は、とりあえず一番真実に近いであろう汐海を探すことにした。

「…ああ、日向先輩」

予想に反して、彼女は簡単に見つかった。
遺跡にいると思ったので中央の島へ戻ろうと思ったのだが、当の本人が何故かこちらへと来ていたのだ。
彼女の視線はどこか虚空へと向いていて、まるで俺のことを気にもかけないような…そんな印象を受けた。

「どうしてお前が、こんなところに…」
「べ、別に…大した用事じゃないですよ。あと、残念ですけど遺跡に爆弾はありませんでした」
「遺跡にもなかったってのか…!?」

どうやら俺達は大きな誤算をしていたようだ。
俺達は、狛枝が爆弾を遺跡に隠して、遺跡へのパスワードの在り処であるネズミー城へ行かせ、結局無駄だったという演出を試みたのだと思っていた。
しかし現実には遺跡にすら爆弾は存在せず、今だどこかにそれは眠っているらしい。

「……日向先輩。わたしのことなんて、信じられないですよね」
「い、いや…そうじゃなくてだな…。なら、お前はどこへ行くつもりなんだよ」
「…爆弾の、ありそうな場所です」

彼女の行く道を追って行った先にあった建物は、俺達を苦しめたあの『ドッキリハウス』だった。
狛枝が言っていたヒントは『まだ俺達が1度も行ったことのない場所』だ。
このドッキリハウスに、そんな場所は一つしかなかった。

「…モノクマ、ドッキリハウスに入りたいんだけど」
「裏切り者の汐海さんに予備学科の日向クンじゃないですかー!」
「…いいから早く開けて」

淡々とした汐海の声を初めて聞いた気がする。
心底モノクマを憎むような声で、彼女は言った。
だが一方のモノクマはと言うと、そんな汐海の様子なんて気にも留めずにおちゃらけた様子である。

「…もういい、わたしが開ける!」
「汐海さんが!どうやってかな?言っておくけどドッキリハウスには扉なんてないんだから普通には入れな」
「日向先輩、目を瞑って耳を塞いでいてください」

モノクマの話を遮るように、汐海が俺に忠告する。
慌てて目を閉じ耳を塞げ…数秒が経過する。
目を瞑っていてもわかるような閃光と、耳を突く重音が俺を支配した。
しばらく経ってからそこを見ると、ドッキリハウスの最低階ことマスカットハウス1階に大きな穴が開いた。
何も気にしない素振りで、汐海は中へ入っていく。
これも、『超高校級の化学者』としての才能なのだろうか。
いずれにせよ、才能のない俺には関係のない話だった。

「…日向先輩は、おかしいと思ったことはありませんか?」
「何がだ?」
「ドッキリハウスには入口も出口もないのに、わたし達はあの時…どうやってあそこに閉じ込められたのかってことです」

言われてみると、その通りだった。
モノクマはあの時、俺達を眠らせてこのドッキリハウス内に軟禁した。
だが、俺達はどこから入ったのだろう。
そして、脱出時にはモノクマロックが突如タワーを突き破ってきたが、冷静に考えればあれもおかしな話なのだ。

「そんな日向先輩にヒントです。この『世界』は狂っているんですよ」
「狂って…?」
「………そんな世界、終わるべきですよね」

その言葉の意味はわからなかったが、何故かとても大切なことのような気がした。
問いただそうと思ったが、その前にドッキリハウス4階の目的地についてしまう。
ファイナルデッドルームのその先の、歪な8角形の部屋『オクタゴン』。
俺が実際にファイナルデッドルームに入るのは初めてだが、なかなかに気分の悪い部屋だった。
そしてオクタゴンに入ると、そこら中に無造作に置かれた武器の数々が俺達を迎えた。
確かに、ここになら爆弾があってもおかしくはない。

普通の爆弾は何個か見つかった。
しかし、辺りを見回しても島を消滅させるような時限爆弾が設置されている様子はなかった。

「…ここにも、爆弾はないみたいだな」
「………ない、……………なん、で」
「…汐海?」

気付けば、汐海は真っ青な顔をしてその場に立ち尽くした。
確かに爆弾がなくて青ざめる気持ちもわかるが、それにしたってこの反応は異常だ。

「なんで、えっ…ちょっと待って、」
「おい、どうした汐海?」
「ない…なくなってる、この間はあったのに…」

どうやら汐海は、爆弾以外の何かを探しにこの場所へと来たようだった。
しかしその肝心の探し物もここからはなくなっているようで。
…この部屋に入ろうだなんて思えるのは、まず間違いなくここの脱出者のみだと思う。
それは田中である訳がないし、汐海でないのならば…一番可能性が高いのは恐らく狛枝である。

「…こ……狛枝先輩が、何のため、に………?」
「おい、一体何がなくなったんだよ…?」
「…………今の、わたしに必要だったものです、けど」

微妙に歯切れが悪かった。
汐海は一体、何を知っているのだろうか。
彼女は目的のものがないと知ると、足早にこの建物を去っていく。
…俺も、大した収穫がないまま自室へと戻った。

----

朝がやってきた。
狛枝先輩が言っていた、爆弾のタイムリミットは今日の正午である。
しかしながら、あの爆弾は偽物であるのだから…今のわたしが恐れるべきものはそこではない。
ファイナルデッドルーム、そこで消えていた物体だ。
……持っているとしたら、狛枝先輩以外の可能性はない。
だけど、一体どうして先輩があれを持って行ったのか…考えるだけ無駄だろう。
あれは人を殺すため以外には存在価値のないものであるのだから。
ただし、先輩があれを使う前に…わたしが別の方法で作ってしまえばいいだけの話である。
先輩が何かを仕掛けてくるとすれば、それは間違いなく爆弾の爆発時刻と同じであろう。
それはすなわち今日の正午、もうわたしに残された時間はあまりないのだ。
…最後に、先輩に会いに行こう。





「…な、何してるんですか…ッ!!?」

レストランでは、目を疑うような光景が広がっていた。
………終里先輩が、狛枝先輩の首を絞めていたのだ。

「もういい…オメーはいっぺん死んでろ…」
「おい!本当に死んじまうぞ…!?」
「…………」

身体が、無意識に動いていた。
気付けばわたしは、終里先輩を…この手で叩いていた。
一瞬先輩の首を握る手が弱まる、その隙に狛枝先輩を苦しみの元凶から逃がす。

「お、終里先輩………なんで、先輩にこんなことをッ!!」
「うるせーぞ汐海!コイツが爆弾なんて仕掛けたのが問題だろーが!」
「…二人とも、いい加減にして!」

わたしと終里先輩の喧嘩を窘めたのは七海ちゃんだった。
七海ちゃんからとは考えられないような、怒った声だ。

「…ねえ、二人とも落ち着いて?二人はこんなことする人たちじゃないでしょ?ほら、落ち着いて深呼吸してよ…うん、もう大丈夫、大丈夫だよ」
「……悪かったな」
「…いえ、すみませんでした……」

彼女の優しい声が、レストランに響く。
七海ちゃんは、いつもこうだ…それなのにわたしは、今もこうして。
同じ裏切り者でもこの違い、やっぱり…わたしなんて。
だからこそ…こんな大切な人を、絶対に死なせてはいけない。

「つーかよ、爆弾の場所を探すんじゃなくて…汐海が裏切り者が誰か言っちまえばいいだろ…?」
「…………そ、れは」
「頼むよ、もう時間がないんだ。このままだと、お前も死ぬことになるんだぞ…?」

爆弾は、偽物だ。
だから爆発して、この島の全員が死ぬことはありえない。
が、しかし…タイムリミットとともに狛枝先輩が何かを仕掛けている可能性はとても高い。
だからこそ、それを回避するために。

「………ごめんなさい。でも、この責任はわたしが必ず取るから」

狛枝先輩を一瞥して、その場を去る。
彼の顔は、何故だか笑顔だった。


君は絶望という名の希望に微笑む(2)


----
09/06



Prev Next
Back





- ナノ -