※ダンガンロンパゼロのネタバレを大量に含みます、ご注意ください



結論から言うと、薬は見つからなかった。
そして暫くして、江ノ島さんの噂を耳にした。
彼女は、今記憶喪失らしい…最近彼女の姿が見えなかったのも、そのためだったとか。
記憶を失う、と聞いて赤いロングヘアーの少女の姿が思い浮かぶ。
あの彼女こそが…江ノ島盾子なのではないか。
ぱっちりした目や、可愛らしい声や独特のオーラを感じたし…記憶喪失とはいっても、やはり彼女は『超高校級のギャル』なのだろう。
…だが、あの子は自分のことを『音無涼子』と、そう呼んでいた。
何か、特別な事情があるのだろうか。
わたしはそれを確かめに行くために、再度松田先輩の『神経科学研究所』へと足を運んだ。

「あれ、狛枝先輩…?」
「よかった、キミがここに来るような予感がしてたんだ…本当によかったよ」
「…?」

松田先輩の研究所は生物学棟という、わたしの研究所がある科学棟とは離れた場所にある。
そのため移動にはなかなかの時間を要するのだが、…そんな研究所の近くで狛枝先輩が、わたしを待っていたかのようにそこに立っていた。
彼の表情はいつもより少し陰っていて、何やら不穏な空気が場を占める。

「汐海さん、悪いことは言わないから…今松田クンの研究所に近付いちゃだめだよ」
「え、どうして…」
「お願いだ汐海さん、…キミをこれ以上危ない目に合わせたくないんだ」

狛枝先輩は、松田先輩の研究所で何があったのか知っているのだろうか。
不運を寄せ付け幸運へと昇華させる彼の才能は、こんなときでも健在らしい。
遠目に研究所を眺めると、そこからは音無さんを小学生のような子が引っ張っていき、さらに後から苗木くんの姿も見えた。

「な、苗木くん…っ!!」
「……苗木クン、さっき、その研究所には何もなかったよね…?」
「あ…うん、そうだよ汐海さん…大丈夫だから」

狛枝先輩の鋭い視線が苗木くんへと注がれる。
嘘だ、絶対何かあったに決まってる…けど、それは何かとても危ないものであることは理解できた。
これ以上は、関わらない方が良いことなのだろうか。
それでも、わたしは何故か知らなければならない気がする。
見つからなかった、薬の在り処も…なんだかここに関係しているように思えるのだ。

「…ごめん、苗木くん」
「ああ、いやいいんだよ。ボクの方こそ…ごめんね」

----

「単刀直入に言うようで悪いけど…汐海さん、これ以上松田夜助に関わるのはやめた方がいいわ」

その日の夜、突然霧切さんがわたしの部屋に押しかけてきた。
そして彼女の口から聞こえたのは、松田先輩と関わるのは危険だからやめた方がいい、とのこと。
どうもこうも、松田先輩からは離れるべきだと言われる。
霧切さんは『超高校級の探偵』と呼ばれる才能を持っているんだし…ますます松田先輩には何かとんでもないことが潜んでいる気がしてならない。

「霧切さん…一つだけ気になるんだけど、音無涼子さんって…あの人、わたしや霧切さんの知り合いだよね…」
「……そう、彼女は江ノ島さんよ、今…記憶障害らしいのだけど、その犯人は松田夜助と言われているわ」
「ま、松田先輩が…?で、でも松田先輩は、……」

そこまで言って、言い淀む。
松田先輩とわたしの約束は基本的に他言無用となっている…しかし、そうも言ってはいられない状況であるし…。
それに、わたし自身もよくわかっていない部分が非常に多いこの問題を、そのままにしておくのはなんとなく癪ではある。

「あ、あのね霧切さん…わたし、松田先輩にね、記憶障害を治す薬を作れって頼まれてたんだけど…」
「…?それは変ね、彼は故意的に江ノ島さんを記憶障害にしたはずなのに」
「そ、そうなの…何かおかしいんだよね。それに記憶喪失にしたって、なんで音無涼子なんて名乗ってるのかもわかんないし…」

結局、全てを霧切さんには話した。
しかし問題が解決することは決してなく、謎は新たな謎を生むばかりである。
わたしが新しく知ったのは、松田先輩が江ノ島さんの記憶を故意に奪ったこと、そして今もなお…彼は何か途轍もないことをしていること。

「…とにかく、これ以上松田夜助に関わるのは危険ってわかったかしら?」
「うん…でも、やっぱりわかんないよ。だって松田先輩、江ノ島さんたいた時すごい楽しそうだったし…」
「…そうね、あの2人についてももう少し調べてみる必要がありそうだわ」

そう言って、霧切さんはわたしの部屋を出て行く。
残ったわたしは、どうすることもできなかった。

----

次の日もまたその次の日も、江ノ島さんは教室に来ない。
それもそのはず、彼女は今…音無涼子としての生活をしているのだから。
それ以外のことは何も変わることはない、今日も予備学科のパレードが聞こえる中…わたしはいつものように自分の研究室へ向かおうとした。
そこで、赤毛を揺らして走ってくる少女とぶつかってしまったのだ。
彼女はそう、音無涼子こと江ノ島盾子。
だが、その彼女の様子はおかしく、何かを急いでいる…そんな様子だった。

「え、江ノ島さ…」
「江ノ、島…!?今あなた江ノ島って言ったの!?ね、ねえ江ノ島はどこ…?松田くんは?」
「お、落ち着いて…ごめん音無さん…どうしたの?」

『江ノ島』のワードに過剰反応する音無さん…何か嫌な予感がする。
とりあえず、彼女をその名前で呼ぶのは得策ではなさそうなので…仕方なく音無さんと呼ぶが、彼女は軽いパニック症状を起こしているようにも思える。
先程から、江ノ島、松田くん…というワードをただ繰り返し、ロクな会話も成り立たない。

「と、とにかく松田先輩なら…生物学棟にいるんじゃ…」
「ちがう、違う!いなかったの、松田くんを早く探さないと…松田くん…松田くんが、松田くんが!!」
「あ、いたいたお姉ちゃん!こんなところで何やってるのもう〜!早く行くよ!」

混乱した音無さんの前に現れたのは…小学生のような男の子だった。
どうして小学生が、希望ヶ峰に…?と思ったのもつかの間、彼は聞いてもいない自己紹介を始めたのだ。
彼の名は神代優兎、希望ヶ峰学園77期生の『超高校級の諜報員』…つまりスパイだ。
本当に、松田先輩と江ノ島さんの周りには何が起きているのか…探偵や、スパイが捜査をしている…そんな2人は、やはり何か、あるのだろう。

「ごめんね汐海さん、このお姉ちゃんちょっと混乱してるみたいでさ!後は僕がなんとかするから任せてよ!」
「え、でも…」
「いいからいいから!汐海さんはそのまま何もなかったかのように普通に青春してくれると僕としても助かるよ!狛枝くんとお幸せにね!」

…流石は超高校級の諜報員というべきか、わたしの人間関係もだだ漏れである。
有無を言わせない屈託のない笑顔で、小さい先輩は音無さんを連れてその場を離れた。
なんだか、放っておいてはいけないような気がしたけれど、後悔は後の祭り。
そしてわたしは、何事もなかったのように自分の研究室へと戻った。




たぶんきっと、狛枝先輩から説得されようと、霧切さんから忠告されようと、神代先輩から諭されようと、わたしはこの選択肢を選ぶべきではなかったのだと思う。
そう、この日以降…わたしは松田先輩と神代先輩を見ることは二度となかったのだ。
いてもたってもいられなくて、わたしは気付けば学園長室へと足を運んでいた。
霧切仁、…霧切響子さんのお父さんであり、かつこの希望ヶ峰学園の学園長である。

「…君は、78期の」
「汐海玲音です…松田先輩達のことを、聞きにきました」
「……残念だが、私から話せることはそう多くはないよ。彼らは退学処分となった…それだけだ」

退学処分『となった』…と学園長は言った。
どうしてか、何故か最悪の想像がわたしの頭をよぎる。
そんなこと、あるわけない…けど、何故だかそれを否定できない。

「そういえば、江ノ島盾子の件だが…彼女は何者かに襲われて、そこを戦刃に助けられたそうだ。不幸中の幸いかな、どうやらそのショックで記憶は戻りつつあるようだが、記憶喪失のときの記憶はなくなってしまったらしい…。だから、みんなで面倒を見てやってくれ」
「え、…は、はい」
「私の口から言えることはもうないよ…後は響子にでも聞いてくれ」

----

「おっはよ〜〜!みんなひっさしぶりー!」
「…おはよう」

江ノ島さんと戦刃さんが、久しぶりに登校した。
これで、このクラスも全員が揃って…表面上は元の平和な学園生活が訪れた。






そして、その時は訪れる。
希望ヶ峰学園で起きた、最悪の事件。
予備学科の集団自殺、超高校級の絶望。
残されたわたし達にできるのは、学園内で共同生活を送ること。
その定員は、わずか16名…希望ヶ峰学園78期の生徒達である。


人は皆、賢く愚かである(4)


----
08/16
これにてゼロ編終了です〜〜〜!
次からようやく本編の本編ことチャプター5!


Prev Next
Back





- ナノ -