その日は朝から慌ただしかった。
予期せぬ来客が未来機関に訪れたのだ。
希望ヶ峰学園の生徒はほとんど死んでしまっている、それは本科も予備学科も例外なく。
だが、彼は一人で未来機関まで辿り着き、突然自己紹介をはじめたのだった。

「はじめまして、予備学科生の日向創です」

予備学科。
希望ヶ峰学園でもまた少し違った生徒の一人。
江ノ島によって集団自殺を図られたと聞いていたが、どうやら彼は何故か生き残ったらしい。
もしかしたら絶望堕ちしていないのかもしれないという淡い希望を抱いたが、そんな甘いことはなく、彼もまた絶望に魅せられた一人であった。
何はともあれ生きていてくれたことにこしたことはない、彼もまた先輩達と同じように扱われることとなった。

「にしても、びっくりしましたよ」
「…何がですか?」
「予備学科の人達って、みんな死んじゃったのかと思ってたから、…生きててくれてよかったです」
「……江ノ島みたいな人間に扇動されて死ぬなんて、そんなツマラナイことをするつもりはありませんから」

彼は江ノ島のことが嫌いらしい、狛枝先輩も嫌いだとは言ってたけど…嫌いなのに絶望に堕ちてしまうなんて、本当に江ノ島の影響力の大きさに感服する。
予備学科の人とは余り話したことがなかったので、少し新鮮味を感じだけれど、彼はどことなく人生を達観しているようで、全てのことがつまらなそうだった。
わたしは希望更生プログラムのシステムを検査しなければならなかったので、日向先輩とはそこで別れたが、その後先輩達は何やら会話をしていたようで、学年も一緒だったらしいしすぐ打ち解けられたようだ。

そうしてわたしはプログラムダイブ第一人者として、機械を装着した。
希望更生プログラムは先輩達が修学旅行で希望のカケラを集めるというものだ。
随分とまあ、大層な名前がついている割にやることはお遊びのようなものなんだけれど、支障が出ては困るのでわたしはそちらの世界を肌で体感していく。

おお、南の島だ……。
ダイブしたその先は綺麗な青い海。
所謂バーチャルリアリティといった感じだろうか、こんなことを実行してしまうアルターエゴは本当にすごいというかなんと言うか。

「ねえ」
「!?え、あ…誰…?」
「…七海、千秋だけど。汐海さん達がプログラムしたんでしょ、私を」

振り返ると、そこには美少女がいた。
いや、本当に美少女なんだから仕方が無いと言うか、不二咲くんを女の子にしました、みたいな感じの女の子。
彼女は『超高校級のゲーマー』として、先輩達とともに修学旅行生活を送っていく所謂監視係を担う。
…それにしても、この人が可愛すぎて帰りたくないとか言い出す人がいてもおかしくないような、そんなレベルで可愛い。
わたしもこの体はプログラムなんだから胸とか盛りたい……、違う違う仕事に集中せねば。

「それじゃあ私が案内するけど、それでいいかな?」
「うん、問題ないよ。それじゃあ南の島探索に向かおう!」
「……汐海さん、若干楽しんでない?」

本当はすごい楽しかったけど、だって南の島とか来るのはじめてだったし。
そんな主観はさておき、ここは本当にいい場所だった。
開放的だし、必需品は揃っているし…これだったら、先輩達も過ごしやすいかな。
一日かけて島を探索し終えたので、七海ちゃんと別れて現実へ戻る。
…それにしても、七海ちゃん本当に可愛いぞ。
戻ってきた後は、気になった点などを細かくプログラムに打ち込んでいく。
そんな現実と仮想世界の往復をすること数日。
ついに、翌日に希望更生プログラムが始動することに決まった。

「汐海さん、いよいよ明日だね…」
「はい、先輩。…わたしのこと
、きっと思い出してくださいね」
「もちろんだよ、…そうだ、ボク気になることがあったんだけど」

珍しく、狛枝先輩から外の話を振られた。
わたし達がまだ旧校舎に閉じ込められていた頃、彼は『超高校級の希望』と称される人間に出会ったらしい。
苗木くんじゃなくて、別の人。
彼曰く長い黒髪の男性だそうで。
…でも、希望なんて呼ばれている生徒だったら、わたし達以上に捜索がかかるはずなのに。
ふと考えていると、狛枝先輩から驚愕の一言が発される。
その人の名前は、カムクライズルって言うんだけど。
…カムクラ、イズル?
創られた希望、松田先輩が口にしていたのを聞いたことがあるし、霧切さんがその人を捜査してるんじゃなかったっけ…。
先輩曰く彼は保護される気もないらしく、少し話した後どこかへ行ってしまったようだ。
そんな彼はツマラナイ、と言い残して、何をしても楽しくなさそうだったとか。

「…カムクライズルさん、ですか。霧切さんに詳しく伝えておきますね、ありがとうございます先輩」
「いいや、これが何かの役にたったらいいんだけどね」

そういえば、やけに先輩達と仲良くしていた予備学科の先輩も、ツマラナイとか言ってたっけ。
彼も長らく外の世界にいたんだし、カムクライズルについて何か知っているかもしれない。
希望更生プログラムが行われる前に聞いておかないと。

「あとさ、もう一つ」
「はい?」
「これ、……もし汐海さんがよければ、受け取って欲しいんだけど…」

渡されたのは小さな箱だった。
狛枝先輩は何故か後ろを向いてしまい、仕方がないのでこの箱を開ける。
…そこには、小さな指輪が入っていた。

「せ、先輩…こ、これって」
「…ボクがここに戻ってきて、汐海さんのことを思い出せていたなら、…その時は、汐海さんの残りの人生を、……ボクと一緒に過ごして欲しいんだ」
「え、あ…あの?、…つ、まり」

俗に言う、プロポーズ的、な?
まさか、こんなもの自分に縁があるとは思っておらず、想像以上のことに頭がパンクしそうになるのを必死で抑える。
…ていうか、先輩これどこで。

「汐海さんが閉じ込められてる時に、戻ってきたらもうボクから離れないでほしいなって、…おこがましいけど、そう思ったんだ」
「あ、え…っと、その」
「返事、聞かせて欲しいな」

返事なんて、もちろんイエスに決まってるよ!
昨日といい、今日といい、わたしはこんなに幸せなことばっかりで不安になる……なんて、これも狛枝先輩っぽい言い方だけど。

「わたしでよければ、…狛枝先輩と一緒にどこまでも、ついて行きますよ」
「よかった…。ボク、この後にくる不運で死にそうだよ」
「そんな縁起でもないこと言わないでくださいよ、もう」

先輩からいただいた指輪を、左手の薬指にはめる。
…まさかこのわたしが、こんなことできるなんて思ってもいなかった。
最高の幸せというものを、ここ数日何回も味わった、…だから、このまま時間が止まることを何度も願ったけれど、わたし達は未来へ進まなくちゃいけないんだ。
それでも、わたしと先輩だったら、どんな未来でも乗り越えられるような気がした。



そして、次の日。
先輩達14人が集い、計画が始動される。
泣かないように、必死で堪えたけれど、やっぱり泣いてしまった。
最後まで狛枝先輩はわたしの頭を撫でてくれて、それから行ってきます、と告げてダイブする。
無事14人は運ばれたようだった。
後は、記憶を失った先輩達が目を覚ますのを待つだけ。

その後、少し遅れて日向先輩の手続きも完了する。
どうやら日向先輩も少しだけ未練があるらしく、わたしを呼んで暫くダイブできずにいた。

「…大丈夫ですよ、日向先輩」
「……」
「どうかしましたか?」

先程から、日向先輩が口を開かない。
少し様子がおかしかった、…けれど、決まってしまったことだから、わたしには日向先輩をここにそのままにしておくことはできない。
すると、急に日向先輩がわたしの襟を掴んできて、…気がつけば、彼の瞳は真っ赤に染まっていて。

「……江ノ島が、あなたを呼んでいますよ」
「…!日向、先輩…!?」
「残念でしたね、ここにはもう日向創の姿はありません」

…江ノ島……?
赤く染まった瞳の日向先輩は、いとも簡単にわたしの意識を奪う。
最後に聞こえた日向創はもういない、という言葉の意味はよくわからなかったが、それよりも驚くべきことは日向先輩がわたしをプログラムにかけようとしていることだ。
抵抗しようにも、ほとんど意識のないわたしは身動きも取れなかった。


次に目を覚ますと、…そこは、当初予定していた先輩たちが集う教室だった。
誰よりも早くそこにいた七海ちゃんに、わたしは詳しく事情を聞く。
…既に、計画は始動しているらしい。
もう10分もすれば、じきにみんなは揃うだろう、と。
ここからではわたしは何もできない、とりあえず…未来機関に気づいてもらう為に監視カメラに向かって大きな文字を書き連ねた。
暫くして監視カメラから、苗木くんの映像が入る。

「汐海さん!?今未来機関で調査中だけど、プログラムにウイルスが仕込んであったらしい!」
「ウイルス…?」
「だから、汐海さんをそこから出すのは時間がかかるかもしれない……ごめん汐海さん」

…つまり、わたしはこの仮想世界に閉じ込められたと言うわけで。
いや、別にすぐ出れるだろうし何の危機感も感じなくていいはず、なんだけど。

「と、とりあえず…じゃあわたしは出れるまで七海ちゃんやウサミのサポートをやっておけば、平気かな?」
「そうなるね…。本当にごめん汐海さん…、あ、できれば生徒のフリをしてもらえると助かるんだけど」
「了解、任せてよ苗木くん」

いつまでここにいるかはわからないけど、…とりあえず、やれるだけのことはやっておこう。
これも仕事の一環だと思えば何とかなるし、幸いわたしだけじゃなくて七海ちゃんもいるし。
随分呑気な考えかもしれないが、不安になっても何も始まらないのだ、やることがこれしかないんだからやるしかない。

がらりと、教室の扉が開かれる。

「あら、人がいらっしゃったんですね」
「わたし達も、…さっきここにきたばっかなんですよ」
「みんな、希望ヶ峰学園の新入生…らしいよ?」


セシウム原子時計のずれた時間(4)


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02/22
次からスーダンと見せかけてちょっと過去回想入ります


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