外へ出たその数日後。
わたし達はまた希望ヶ峰学園へと戻った。
なぜなら、わたし達は再度ここへ集められたのである、…『未来機関』によって。
未来機関というのは、要するにこの絶望に染まった世界を救う為の機関らしい。
詳しいことはよくわからないが、希望ヶ峰学園を『卒業』したわたし達の就活みたいなものと思ってもらえればいいだろうか。
…とにかく、様々な紆余曲折を経てわたし達7人は未来機関の一員となったのだ。

「卒業したら、突然就職だなんてびっくりしちゃうね」
「あはは、苗木くんらしいね……」

この数日間、とにかく誰か生きている人を探し回った。
わたしの家族ももちろんいなくなっていた、……死んでいるか、どこかで『パレード』のようなものをしているかは、わからないが。
それに、多分どこかに身を潜めているのか、先輩達の姿もどこにも確認できなかったのだ。
でもこの未来機関というのは、そんな絶望の残党と呼ばれる希望ヶ峰学園の生き残りを探すことに尽力しているらしい。
……よく、今まで機能していたな。

「…それじゃ、私達の仕事はまず絶望の残党探しよ」
「最初から危険すぎる仕事だな、ブラック企業にこの俺が勤めることになろうとは」
「大丈夫だよ、…多分、この人たちは平気だと思う」

わたしの記憶を頼りに先輩達を区分していく。
勝手な判断でしかないけれど、わたししか記憶がないんだから、少しでも手かがりはあった方がいいだろう。
……ソニア先輩とか小泉先輩が絶望堕ちしてるところなんて、正直想像できないんだけど。
危険ランク上位者に入るのは間違いなく狛枝先輩だ。
希望を妄信している彼が絶望堕ちしてしまったのだ、どうなるかわかったものじゃない…!

「あと…罪木先輩とかも怖い、辺古山先輩はどうだろ……」
「危険ランクが下の奴はお前らで行け、俺は上位の奴を捕まえる」
「わかった!じゃあ私は澪田さんって人のところ行ってくるよ!」

こうして捜索活動が始まった。
無理を言ってわたしは狛枝先輩を見つける担当になったが、……果たして大丈夫だろうか。
何かあったらすぐ連絡して、と霧切さんにきつく言われたので、全力で頷いたが…本当にそんな危険なのかな。
だって狛枝先輩だから……、根拠のない自信がそう伝えている。
そりゃあ、危険ランク上の方にしたのはわたしだけどね。

狛枝先輩はなんと希望ヶ峰学園の中にいるらしい。
……この学園はくまなく探したはずだけど。
学園内はだいぶ荒れていた、世界が滅んでるんだから仕方ないけど。
無意識に訪れたのはやっぱり化学室。
教室には、……先輩がいた。
どうしよう、普通に話しかけるべきか、それとも捕まえる…?

「ねえ汐海さん、そこにいるのはわかってるんだよ」
「せんぱ、…い」
「記憶も取り戻してるんだね、流石は汐海さん、ボクの希望だよ」

話は通じるようだ。
そこにあった笑顔は、わたしの知っている先輩の顔と変わりはない。
やっぱり学級裁判のときのあれは嘘だったんだよ!
先輩は先輩だ、何も変わってない、わたしの大切で大好きな先輩。
そう信じて先輩に駆け寄った。

「狛枝先輩!会いたかったです…っ」
「おかえり汐海さん。ボクも、キミがいなくて気が狂いそうだった……いいや、実際気は狂ったけどね」
「そんなこと言わないでくださいよ。こんなとこにいないで、わたしと一緒に行きましょう?」

それはできないんだよね、と先輩。
先輩に駆け寄ったわたしの身体は、きつく先輩に抱擁される。
すごく幸せだったけど、でも何かが違った。
その正体はわからなかったが、わたしは先輩に話したいことも山のようにあった。

「先輩…、わたしだけあんなところで、平和に暮らすなんてやっぱり間違ってたんです。わたし、先輩にも平和に暮らして欲しい」
「ボクは、汐海さんさえ側にいてくれれば何も問題ないよ」
「それじゃ、やっぱり行きましょう?こんなところじゃなくて」

わたしを抱きとめる先輩の腕が、わたしの首へとかかる。
……随分と冷んやりしたその左手が、わたしの首をぎちぎちに閉めていく。
ちょっと、待って…!
やっぱり先輩は絶望に堕ちて…?わたしを殺そうとしているの……?

「こ、まえだ…先輩ッ」
「なぁに?汐海さん」
「どう、して…ッ!やめ、てくだ…っ、げほっ…っく」

左手に篭る力はさらに強くなる。
その爪が首に食い込んで、すごく痛い!
…………爪?
狛枝先輩はかなり清潔で綺麗好きな人のはずだ。
その先輩が、爪なんて伸ばすはずがない…なのに、深く深く食い込むその爪が、わたしの呼吸を止めていく…!

「…爪なんて、先輩はッ、のば…さなっ」
「流石汐海さんだね。……そう、ボクのこの左手は江ノ島盾子の左手だよ」
「江ノ、島…ッ!?」

狛枝先輩の手が突如わたしから離された。
呼吸を確保しながらも、先輩の方を見つめると、その左手には真っ赤なネイルが施してある。
……江ノ島の、左手?
何で、そんなことをする必要があるの!
わたしの疑問に応えるように、先輩は話し出した。

「これはね、ボクが希望である皆をより輝かすための布石だよ……汐海さんはこんなゴミクズみたいなボクを踏み台にして、希望へと輝いてくれるでしょ?」
「意味が、わからないです……!」
「……まあ、絶望なんてものに堕ちたボクなんてもう汐海さんに好いてもらう資格もないからね。そう思ったら何だか楽しくなってきちゃってさ」

そう言って今度は左手の爪を自分の首に食い込ませる。
わたしは左手をはたき落として先輩の両手を拘束した。
未来機関から支給されていた手錠だ、…使わないと願っていたのに。

「先輩、わたしはどんな先輩でも大好きです、…だから、そんな悲しいこと言わないでください」
「……汐海さん」
「ちょっと、未来機関まで来てもらいますね。話はその後しましょう、…生きていれば会話なんて無限にできるんですから」

こうして、狛枝先輩の確保は終了した。
未来機関へ戻るとそこには見覚えのある先輩達の、変わり果てた姿を目にしなければならないのだった。

「汐海さんじゃないですかぁ…!」
「つ、罪木先輩…どうしたんですか」
「あのですねぇ…これは私と汐海さんの秘密ですよ?」

学生時代、薬を作るのによく相談に行った罪木先輩だ。
…あんまり、先輩は変わってないように思えたが、次の瞬間、その発言は確実に撤回しなくてはならないことになる。

「私、江ノ島さんの子孫を遺すために…子宮を移植したんですぅ」
「つ、罪木、先輩…!?」

やっぱりみんな頭が狂ってる!
狛枝先輩は左手、罪木先輩は子宮……、他にもまだありそうで、でもそんなのはもうこれ以上聞きたくない!
わたしの大切な先輩達が江ノ島の手によって穢されていく、そんな感覚だった。
先輩達14人は未来機関の上層部によって、奥の部屋へと連れていかれる。

「…とりあえず、これで全員揃ったけど」
「うん、……」
「予想以上だな、同じ希望ヶ峰の学生とは思えん」

死してなお、わたしを苦しめる存在の江ノ島。
今も、どこかでわたしのことを嘲笑っているような気がする。
とにかく、先輩達をどうにかして更生させなければならない、わたしたちの仕事はまだ始まったばかりだった。


セシウム原子時計のずれた時間


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02/14
暇だったらセシウム原子時計ググってみてくださいな


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