文章ください二十万打企画
第一夜「愛で良ければ



口内で味がとっくに消え去ったガムを噛み続けながら、バックミラーで後部座席の客を盗み見た。黙って聞いていれば耳障りと感じるほどの雨音を、冴えない男はずっと眺めている。咥え煙草に火をつけて、左手でラジオのchを適当に弄ると立ち待ち車内は胡散臭いDJのミッドナイト何ちゃらに包まれた。今日何度目かのクラクションを大きく鳴らした時、男は静かに口を開く。「あなたは何でタクシードライバーをしていらっしゃるのですか?」私が二十歳でハンドルを握り三年という月日が流れた今までで、何千と聞かれてきたその質問に半分諦めながら溜息をつく。「じゃあ逆に質問。あんたの仕事は?それで、それの何がいいの?」男は少しの間の後、曇らせた顔をさらに下に向けて話し始める。「僕は、今の仕事をこれ以上飛躍出来る自信がありません。出出しが好調だっただけで、センスも無ければ頭も回らない。あなたのような若い女性だって余裕と凛々しさを持ち合わせているというのに、僕は全く駄目なんです。」私は眉を潜めながら大きく煙を肺に吸い込んで、淀んだ空気にそれを吐き出した。「ふうん。まあ誰だって向き不向きはあるよね。やりたく無いことをやらなきゃいけないのがこのご時世だし」「はい。きっと煮え切らない僕が悪いんです。」「そんなに眉毛をへの字にしていたらあんたのママも悲しむわ。」何処まで行ってもネオンの消えない街を、もう随分と走っただろう。黒縁眼鏡の内に揺らめく夜の海のような瞳に、この男もきっと何かを抱えているのだ。「もし、今の仕事より華やかな世界に歩くチャンスがやってきたらどうしますか」「…あんたは聞いてばっかりね。イイワ、教えてあげる。」赤信号停車中。座席から身を乗り出して振り返った。「私はこの仕事に退屈なんかしてないし、人生は計画通り進んでるつもりだわ。お金に困って働き出した訳でもないし、薬漬けになってる家族も一人だっていない。パパは同じドライバーで兄は建築家、弟は工具片手に修理作業。あ、ママは専業主婦って奴。まあ、最初は百対一で反対されたけど、私は曲げるつもりも無かった。」男が何か言いかけたのを耳にしたが、走り出したエンジン音で全て掻き消された。すると一喝。「あなたは、強い人です。」目的地まで間も無く、新しいガムを口の中に放り込んでいい加減に煩いラジオを消す。「上手く行かないことも山程あったし、流行りの女の子とは気が合わないし、全てがトントン拍子じゃない」静まり返った高級住宅街の2番目に面積のありそうな家の前に車を大きく左に寄せて、ウィンカーを出した。「でも、かっこいいから。女でタクシードライバー。そう、ただそれだけよ」力に身を任せて勢いよく後ろのトランクを開ける。男は先程より少し口元を緩ませてお辞儀をしながら指定した金銭をこちらに渡した。「あんた、立派な人だったんじゃん。何に悩んでるかアタシは馬鹿だから分かんないけどサ、まあ、頑張りなよ。」少量の荷物を手渡して真っ黄色の愛車に乗り込んだ。安物の腕時計に目をやれば時刻は26時13分。「あの、実は僕、小説家なんです。あなたの、あなたの話を書いてもいいですか」何箱目かも分からない煙草の箱を開けてハンドルを握り直す、いつの間にか雨雲は何処かへ行ったようだ。クラクションを一度だけ鳴らして、私はお気に入りのカセットテープから流れる悪い人たちの歌を口ずさむのである。

ナイト・オンザ・ネオン街/217264

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