June 4
――翌日、私は家からお兄ちゃんの追及を逃げるかのように早朝、学校へ向かった。
昨日は何とか誤魔化して、(佐助君がご飯を作ってくれたことだけは話したが。…それだけでもお兄ちゃんの顔はすごく怖いものになった。)寝床についたものの、朝会った時はきっと非常に気まずいはず。
そう思った私はいつもより物凄く早い時間に家を出たのだった。
こんな時間に出るなんて想像していなかったのだろう。
いつも家の前で待っている佐助君も今日はいない。
…最初から早起きすればよかったのか。
こんな簡単なことを思いつかなかった自分を責めながらも、3−1の教室へ辿り着いたのだった。
早く出たから一番乗りに違いない。
そんな私の予想とは裏腹に待っていた人影があった。
――…今一番会いたくない人の1人である佐助君だった。
佐助君は何をするでもなく、ただぼうっと窓の外を見ていた。
その横顔は無表情で何を考えているか想像もつかない。
私の視線に気づいたのか、こちらを見てへらりと笑った。
私の方はと言うと、昨日のことを思い出してつい視線を逸らしてしまう。
「あれ、名前ちゃん。今日早いんだね。何かあったの?」
「何でもないです。佐助君こそどうしてこんな朝早くにいるの。」
「もうすぐ県の大会が近いからねぇ、旦那の朝練に付き合ってたの。ほら、運動部はもうすぐ引退だから。」
佐助君の言葉を聞いて、彼がサッカー部も兼任していたことを思い出した。
…昨日のこととは無関係なのか。
ふとそう心の中で呟いてしまったことに首を振って取り消しする。
まるで昨日のことについて話したいみたいじゃないか。
そんな私を観察していたのか、佐助君は私を見て笑った。
「名前ちゃん、なんか百面相してる。面白いねぇ…あ、もしかして昨日のこと思い出した?」
佐助君がいつの間にか無邪気に笑っていたのをやめて、意地悪そうな表情を浮かべる。
私はそんな佐助君には何も言えず、ただ何か言おうと口を開いただけだった。
そんな私に佐助君は尚も追撃を始める。
「いや〜、名前ちゃんの初キスの相手が俺だなんて、俺様大感激ってね。昔は名前ちゃんもそういうことはもう経験してたから、そんな初心な表情見られなかったしねぇ…凄く感慨深いもんだよ、うん。」
…なんだか私を置いて、佐助君は感動に浸っている。
時々、「これからの初めても俺様と一緒なのか…うん、楽しみ。」と呟きつつ、ニヤニヤするものだから、非常に気持ちが悪い。
いかがわしい妄想に目の前で浸るのはやめて欲しくて、私は嫌々ながらに声をかけた。
「ところで佐助君、前会った時って私も大人だったの?夢の中で見る「佐助さん」は確かに今の佐助君よりも大人っぽかったけれど。悪いけど、夢で見るだけだから、正直覚えてないの。」
――佐助君は私を見ると、どこか懐かしそうに眼を細めた。
まるで遠い昔を思い出すかのように語り始める。
「うん、名前ちゃんはあの時の俺と同じくらいだったかな。同じくらいって言っても、名前ちゃんの方がもう少し若く見えるくらい。」
「そうなんですか。」
「あ、誤解しないでよ。俺は今の名前ちゃんも昔の名前ちゃんも大好きなんだから。昔の平気そうなふりして動揺している名前ちゃんもよかったけど、今の初々しい名前ちゃんもいいっていうか……あ、また見たくなっちゃった。」
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