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どうやらいどまじんは真田幸村に仕えている「猿飛佐助」というらしい。
――任務から帰ってくる途中に、上田城の井戸へ続く抜け道を利用したところ、異世界の「ここ」へ出てきたという。
ジ●リのような話にどこをどう信じたらいいか考えあぐねていると、ちょうど持っていたというあちらの世界での通貨を見せられる。半信半疑ながらもスマホで調べると甲斐武田氏の領国貨幣と一致。
これは面倒事に巻き込まれたなぁと思っていると、ふと疑問に浮かんだ。
「ってなんで甲斐武田?猿飛さん、真田幸村に仕えているって言っていましたよね。」
「なんでって……辻褄はあってるんじゃないの?真田の旦那は御館様につかえてるんだし。っていうかその絡繰りは何?」
「…こっちの世界じゃ真田家で仕えていたのは真田幸隆…つまり幸村の祖父ってことになってるんですけど。この絡繰りは何でもできる忍者みたいな機能が付いたものです。」
「その面倒そうな説明は何なの?まったく本当に異世界にきちまったみたいだね……。」
猿飛さんの世界がどうやらこちらの世界とは全く異なる歴史を歩んでいることを知った私はますます頭を抱えてしまった。
――というかそもそもこちらでは猿飛さんの存在自体そのものが架空の存在とされているから、今更か。
彼が異世界の住人だと知ったところで私には彼に助けとなるすべがない。というか今、旅行中だし。
そこまで結論付けた私はいち早くこの面倒な状況から立ち去ろうとした…したかったんだが、一応あちらでは凄腕の忍者らしい彼がもの凄い笑顔を浮かべて引き留めてきた。
「まさか俺様をこのままここに放っておく気じゃないよね、名前ちゃん。」
「なんで名前って…あ、免許証か。放っておくも何も私達他人じゃないですか。」
「俺、こっちの世界のこと何も知らないんだよね。一度、会話したんだから、他人でもないよね。この世界では名前ちゃんだけが頼りなんだからさ。あ、何ならこの世界での主になってよ。俺様、護衛でも炊事でも何でもできるんだぜ。名前ちゃんから住む場所を提供してもらう代わりに忍として働くってのはどうよ?」
「会って数十分の私にとんでもない提案をしてきましたね、猿飛さん。あいにく忍者業はこのスマホが、炊事洗濯は洗濯機その他がやってくれるので間に合ってます。それに今は余程の重役でない限り、護衛は必要ないです。他をあたってください。」
面倒事に巻き込まれてたまるかと必死に提案を断ろうとした私に、猿飛さんは目を細めて、端正な顔立ちをしているにも拘らず悪人顔でつぶやいた。
「いいの?俺様、忍なんだぜ。その気になったら、名前ちゃんのことどこまでも追っていけるんだけどな〜。何なら試してみる?」
猿飛さん、それはストーカーです。
そう返答してしまいそうな口をおさえて思案しているような形をとる。
どうやらこの人は逃がしてくれそうもないようだ。いや、下手したらあっちには凶器がわんさかとあるから、さくっと殺されるかもしれない。(今のところはそんな気はないみたいだけど。)
ちらっと彼の顔を盗み見ると、さっきの悪人面ではなく、どこか母親とはぐれた幼子のような表情を浮かべていた。
あー……私の負けだ。そんな顔をされたら、例え演技とはいえ、無下にできないじゃないか。
私はため息をついた。
「…わかりました。しばらく猿飛さんが帰れるまで付き合いましょう。とりあえず同居人、いや居候中の弟という設定で。あ、弟にしたのは恋人以外に2人で住む設定が思いつかなかったというか。」
「アハー、契約成立だね。俺のことは佐助って呼んでね。それから、別に兄でもいいんじゃない、あまり俺様と変わらないみたいだしさ。」
「ニートの兄はいらないです。」
「にーと?……なんか前田の風来坊を思い出すような響きだね。」
茶化すような仕草をしながら、心なしか少し安心したような表情を浮かべる彼を見て、私もつられて微笑みを浮かべてしまった。
――「世界線の矛盾(パラレルワールド疑惑)」