30
夏も本格的に始まり、世間も夏休みのバカンスの話で持ち切りになっている――
そんな中、私は右手に電卓、左手にはPCという臨戦態勢で終わらない仕事を続けていた。
「苗字、この書類もぬしに頼むとするかの、ヒヒッ…忙しいことはよきことだろう?ぬしもわれというよき上司に恵まれて幸せ者よの。」
「(切実にどつきたい…上司でなければ、どつきまわしたい。)…了解いたしました、大谷部長。こちらも今日中に処理するので、机の上に置いておいてください。」
「ヒヒッ、頼んだぞ。われはちょいと一休みでもしてくるとするかの。」
あー…超どつきまわしたい。この会社に入ってから、専務と社長に関してはいい人に巡り合えたと思ったものの、大谷部長だけはいまだに慣れない。
頭ではわかってる。
大谷部長は私を育てるために少し多いくらいの量の仕事を振っていて、自身も多大な仕事量をこなしているってことは。
それでもあのうさん臭い口調とこちらを馬鹿にしたような態度は中々、受け入れにくいものだ。
私は一区切りを終えて、溜息をついた。
全力でこなして定時ぎりぎりで終わる量だった。
大谷部長が出来る人ってのは間違いないようだ。
でも、やっぱり大谷部長とは合わない。
私は心の中の葛藤を抱えながら、さっさと帰ろうと思い、帰り支度を始めていると、私の職場机に缶コーヒーが置かれた。
「…僥倖よ、僥倖。ぬしのような者でも斯様な量をこなせるとはな。早ぅ帰りゃ。斯様な僥倖、滅多に起こらぬ。」
うん、やっぱり合わねーわ。
怒りを隠しながらも、私は震える声で大谷部長にお礼の言葉と帰りの挨拶を述べると、会社を飛び出した。
――飲まねぇとやっていけねーよ!