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梅雨の時期も終わり、七夕の時期に入った――
今日も今日とて会社は忙しいが、転職前ほどの酷い忙しさではなく、ある程度終わらせれば帰れる量だ。
…時々、嫌味のように帰る間際に、仕事を振ってくる大谷部長はいるが。
今日はそんなこともなく、「七夕の星を見ながら酒を引っ掛けるのも乙よ、乙。」とかいう意味不明なことを呟きながら、大谷部長は定時に帰って行った。
内心、私は大谷部長に呪いの言葉を吐きかけながらも、(仕事が遅い自分が悪いんだけれども)自分も早く帰れるよう仕事の仕上げに取り掛かった。
仕事が終わり、家に着く。
七夕なんて大谷部長は言っていたけど、子供のころくらいしかそんな行事には気にしてはいなかった。
仕事始めてからずっと1人身だったし。
それでも空を見上げると、今年は織姫と彦星会えたのかなと少しロマンチックなことを考えてしまった。
玄関ドアを開けると、いつもの佐助さんの出迎えがない。
また、帰ったのかなと思っていると、今日は幸村さんと何かしている様子。
…あれは笹か。
こちらの行事には全て参加したいんだな…愛い奴め。
真田主従の可愛いところを1つ発見しながらも、熱心に七夕の飾りを量産している佐助さんに声をかけた。
「佐助さん、七夕やるんですか?」
「向こうとは全然違う行事になっているからね。なんせ真田の旦那がやりたいって言ったし。」
「年に1回、織姫殿と彦星殿が出会うのだぞ。俺達が祝ってやらなくてどうする?」
「…旦那、祝ってやるというより、こちら側が一方的に願うだけの行事だからね。」
「うむ、そんなことは今更説明せずとも分かっておる。佐助、俺の願いは全て書けたぞ。笹に飾ってくれ。出来るだけ織姫殿と彦星とのが見やすい場所にな。」
「それってどこよ…俺様、真田の旦那の命令は何でも聞いてきたつもりだけど、そんな意味不明な願いはさすがの俺様も無理だってば。名前ちゃんもせっかくだから短冊書いたら?」
佐助さんに勧められるがままサインペンと短冊を受け取り、願いを何にしようか考えてから、書き込む。
『佐助さん達が安らいで過ごす時間が少しでも長く続きますように』
『佐助さん達の住む世界が平和でありますように』
『かすがの気持ちが報われますように』
『この笹にかかっている短冊のうち1つでいいから織姫と彦星の目に留まりますように』
すべての願いを書き終えると、佐助さんに頼まずに自分で願いをかけた。
「…何書いたの?」
「佐助さんには秘密です。それよりお風呂入ってきちゃいますね。どこかの誰かさんが七夕の星を見ながらの晩酌がベストだと言っていたので、突然晩酌したくなっちゃったんです。」
「了解。そう言うと思って、今日は風呂も焚いてあるし、晩酌の準備も万全だぜ。」
「…さすが佐助さん。主夫の鏡ですね。」
「名前ちゃん、一言多い。」
両手を覆って泣き真似する佐助さんを見て苦笑してから、私は浴場へ向かったのだった。