「あっれ……。ねぇー、くろちゃーん!」

ビールすら入ってない空っぽの冷蔵庫を前にして、日々木は黒田を呼んだ。トイレの方からはぁいーと間延びした声が聞こえる。
黒田は天然パーマの頭を掻きながらのそのそとやってきた。よれよれの長袖にジャージの部屋着がより一層黒田をだらしなく見せる。
しかし当の本人も日々木も、そんなことはまったく気にしていなかった。
今はそれ以上に切実な問題があるし、何より二人にはこれが普通である。黒田がスーツでもかっちり着込みでもしたら、慌てて日々木は救急車を呼んでしまうだろう。
黄色いランプの方を。

黒田はしゃがんだ状態の日々木の肩に手を置いて、空っぽの冷蔵庫に目を向ける。
左、右、上、下、どこを見ても何もない。すがすがしいまでに何もなかった。

「あらら。なんもないねぇ」
「そーなんだよ、どうすんだ?金ねーぞ」
「んー、前のカレーは?」
「もうない。つーか五日経ったカレーはさすがに食いたくねーよ、俺」
「それもそーね…。んじゃぁ、外にでも行こっか」
「は?さっき金ねぇって……」
「コンビニって便利なものがあるでしょ」

そう言って黒田は、細い目を更に細めて笑った。

今同棲なんてものをしている二人だが、日々木はこの黒田のキレイでも格好良くもない笑顔が好きだった。
寧ろそれに惚れたようなもである。

思わずうっすら頬を染めた日々木に、ぽんぽんと黒田は頭に手をのせた。

「うっ、何すんだよ」
「んー……や、なんとなく?」
「なっ、ガキじゃねーんだからヤメロよな」
「あら、そーお?」

なら仕方ない、と言わんばかりにやや低い位置にある金色の頭から手を離すと、じゃ、着替えてこよっかなと黒田は寝室に行ってしまった。
猫背の後ろ姿が、ドアの向こうに消える。

余りにもあっさりした様子に呆然とする。
別にそこまで嫌だった訳じゃ……。

「あーもうっ、待てよくろちゃん!」

一瞬、名残惜しいと思ってしまったことに、日々木はぶんぶんと頭を振る。気恥ずかしさを振り払うように黒田の後を追った。

――――次は仕方ないからもうちょい頭を撫でさせてやろう、と考えながら。



◆◆◆



冬の夜は当たり前にして寒い。
ジャンパーとマフラーで体を守るも、むき出しの肌が冬の攻撃を受ける。赤く染まった耳が冬空に染みた。

「うぁーめっちゃ寒ぃ」
「んー、確かに」
「確かにって……、くろちゃん見た目は全然へーきそうなんだけど」
「いやあ、寒いよ」

嘘くせぇと小さくぼやく。
黒田は秘密主義の嘘つきだ。いつも緩い笑顔とのらりくらりとした態度ではぐらかされる。本心と言うものを表に出しやしない。寒いも、暑いも、美味いも、不味いも、何時も同じ調子だ。
今出てきたマンションだって、どうして黒田みたいな自称フリーターが現在ニートの日々木と一緒にこんな所で暮らせるのか分からない。
黒田は秘密主義の嘘つきだ。
何も教えてくれない。

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