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恋のキューピット



先日行ったクレープ屋さんはとても美味しく、今度は違う味を食べに来るかと約束までしてしまい今は何よりそれが一番楽しみ。
だけどそれは果たしてクレープが楽しみなのか、それとも会える事が楽しみなのか、なんて答えは聞くまでも無く分かる。だって例えばクレープじゃなくても楽しみに感じる事に変わりないからね。


こうやって仕事中にも、ふとあの人の事を考える時が増えて来て困る。
小さく溜め息を吐きながら資料室を出ると、見知らぬ人が壁の前に立って居てバッチリ目が合ってしまった。軽く会釈をしたけど何故か目の前まで近付いてくるし、自己紹介が始まり何事かと聞いてたら言われた台詞に固まった、さっきまで頭から離れないと思ってた人が一瞬で消え去るくらい衝撃だったから。


「交際を前提にお友達からでも全然良いので、考えて貰えませんか?」

「……え、」

「3日後、またこちらに伺う事になってるんです。その時にでも聞かせて下さい、お仕事中に足を止めさせてしまって申し訳ありません、失礼します」



……驚き過ぎて殆ど言葉を発する事が出来なかった。
打ち合わせで度々このビルに来てるらしく、何度も私の事を見掛けた事があるそうだ、沖田くんと一緒に居る所を見られていたらしく彼氏かと思って諦めてたけど諦めきれないから真相をと今日話し掛けて来たみたいで、彼氏じゃないなら自分の事を知って欲しいと、ずっと好きだったと告白されたのが今、あまりにも突然の事で完全に思考が停止して3日後に返事をする事になってしまったよ。


「今の告白させたんで? 」

「沖田くんはいつでも現れる。」


多分少し前から居たんだろうね、さっきの人が見えなくなった直後に沖田くんが現れたけど私が戻るの遅いから資料を取りに来たんだろう。もしくはサボりかな。



「やっぱ年上に好かれんな、あの人何かのチームリーダーで最近結構来てんの見た。つーか見られてた。」

「見られてたの気付いてたの?」

「だってすげェ見てたし、お前が飲み物買う時小銭落としてんのもパン食いながらスマホ弄ってんのもボーッと空見つめて動かなくなったのも見てた」

「物凄く見られてる!? 言って!? てか沖田くんも見過ぎじゃないかな普通に恥ずかしい!」

「お前見てると苛ついてんのも馬鹿みてぇに思えてくるんでさァ、俺もサボろうと思う気分にさせてくれるから呑気な姿が丁度良いんでィ」

「突っ込み所が多いな! 馬鹿にされてるし私サボってないし、自分のサボり癖人のせいにしないで欲しいし別に呑気してないし、て言うか早く戻んないと。」

「今日飲み行こーぜィ」

「物凄く楽しんでらっしゃる。」










結局いつもの居酒屋さんに来た、まだどうしようかも考えてないのに。


「旦那どうするんで?」

「んー、付き合ったら流石に毎日連絡は無理だよね、カフェ巡り許してくれる人かも分からないし。どうしたものか。」

「好きなの止めんの?」

「え? ……いや、別にどうしたいとかあった訳じゃ無いから。でも、そっか、沖田くんと飲みに行っても微塵も罪悪感出ないけど、カフェは、……罪悪感出る。」


それは、後ろめたい気持ちがあるからだ。私はまだあの人に友達以上の感情を持ってる、そんな状態で交際前提のお友達になんかなれない。

どっちを選ぶなんて考えるまでもなく決まる。彼氏が欲しいなんて思ってないし、何よりも今の生活が楽しいんだもの。
気持ちを消したいだけで離れたいわけじゃない、幸いまだ気付かれてないし少しずつでも消して行けば今が続けられるかもしれない。




━━━━━━━━━




「何か食べたい物はありますか? 」

「……いえ、特に無いです」

「なら僕のオススメの所で良いですか?」

「はい、どうぞ。」


やっぱり初対面に近い相手と二人きりなんて人見知りが発動して上手く喋れない。


昨日ちゃんとお断りしたのに1日だけでも良いからデートして欲しいと、真剣な表情で言われ断る事が出来なかった。

疲れ果ててデスクに戻ったら休憩中に沖田くんが来て ざっと話したら呆れられたけど、だって凄く一生懸命だったんだよ、一回デートでもすれば私の人見知りが分かって嫌気差すんじゃないかと思うし、もうそれが一番簡単な気がしたの。


「この後映画でもどうでしょう? まだお時間大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「緊張してますか? そんなにかしこまらなくて大丈夫ですからね」

「あ、いや、……私、人見知りで、」

「そうなんですか? ならゆっくり話しましょうか。」


優しい人だ、一緒に居たら好きになるんじゃないかと思うくらい穏やかだしこっちに合わせてくれる。


彼氏か、この人ならもしかしたら大丈夫なのかも知れないけど今の私が欲しい時間はやっぱり……





「よォ」

「………………え、坂田さん?」


びっくりした、丁度考えてた人の声が後ろから聞こえて振り返ったら本人が居た。でも突然過ぎて理解するのに時間が掛かり数秒無言で見つめてしまったよ。
突然現れた事にもだけど、この状況で良く話し掛けられるね、異性と二人で歩いてる所に話し掛けるかな? 私は絶対掛けないよ。


「デート?」

「えっ、そ、そうです」


デートを否定したら隣の人に失礼に当たる、私は了承して付いて来てるんだから何となく気まずいからって理由で否定したら駄目だ。

これはどんな状況なんだろう、紹介とかするべきなの? でも必要??



「ご友人の方ですか?」

「あっ、はい、友達で、……友達、って思っても良いのかな、あ、えと、」


私は友達だと思ってたけど、勝手にそう言っても良いものか今更不安になって来た。

歯切れの悪い言い方で止まってしまい、いつも優しい顔してる坂田さんも普段とは違った雰囲気で知らない人みたいだし、隣の人もさっきまで笑顔だったのに今違うし私が仲介なら何か喋らないとって思うのに言葉が出て来なくて、たった数秒間の無言にバクバクと心臓は鳴り出すし、どうしたら良いのか、


「友達だろ。二人で出掛けんのに他人なんて思われたら悲しいじゃねぇかよ」

「あ、そ、そうですよね、すみません、勝手に友達って思ってたから、急に図々しいかなって思っちゃって」

「お前に図々しいとか思った事無ェよ俺。」

「いや結構図々しい事してますけど、でもありがとうございます。」


坂田さんが代わりに場を繋いでくれたから良く分からないパニックを起こしそうになってた心臓が徐々に穏やかになってくる。
しかも友達だと思っててくれてたみたいで良かった。隣の人をチラリと見上げたら真っ直ぐ正面を見ていて、その目線を追ったら坂田さんにぶつかり、真面目な顔してる隣の人に対し坂田さんは口許に笑みを浮かべ始め優しい……顔なのかな、笑ってるけどいつもと違う、何だこの空気、緩和されたと思ったのに私だけ取り残されたような空間になった。


「あぁ、そう言えばお前俺の部屋にピアス落としてったろ、布団の上に落ちてた。」

「はい? 私ピアス無くしてないですけど」

「この前飲み過ぎたっつってフラフラしながら布団行ってたじゃん? そん時じゃねぇの?」

「……」


なんだこれ、意味が分からない。
ピアスなんて落としてないけど今この状況で言って来る内容じゃないよね、何でそんな誤解を生むような嘘を付く必要があるの。


「……1つだけ確認して良いですか? 元カレではない?」

「元じゃねぇよ、現在進行形の話」

「……そうですか、分かりました。今日とても楽しかったです、ありがとうございました。」

「えっ、いや、こ、こちらこそ、あのすみません、気を悪くさせてしまいましたよね、」

「いいえ? 貴女は何も悪くありませんよ、それでは僕はこれで。」

「あ、」


……最後まで大人な人だった、そして何しに声を掛けて来たんだか理解に苦しむこの人は、微動だにせず目の前に立ち止まってる。


「何なんですかあの言い方、あの人に失礼過ぎる。ピアスも落としてませんよね、何で嘘付いたんですか。」

「男の部屋で寝てんのは事実だろ、酔ってフラフラになってたのも事実」

「誰とも付き合って無い状態でしてる事なんで後ろめたい事なんて無いです」

「後ろめたくねぇなら言ったって問題無ェだろ」

「わざと誤解を与えるような言い方をした事を言ってるんです、そもそも帰ろうとしたのに無理矢理泊めさせたのは……」


いや、違う、人のせいにするな、結果的にその選択をしたのは自分だ。そして今じゃ当たり前みたいに泊まるつもりで行ってるじゃん、この人が同じ部屋に居ても何も思わなくなってる。
端から見たら警戒心の緩い女だ。自己管理が出来ないのと同じ事。

そして、この人は少なからずそう思ってたって事なんだ、だから平気で同じ部屋で寝てたんだ。沖田くんが居るからとか思ってたけど、私は自分の都合良い捉え方で自分の行動を正当化したかっただけだ。事実を突きつけられてようやく気付くなんて、情けないな。


「……すみません、八つ当たりでした、失礼しました。」


もう帰ろう、疲れた。

周りが見えなくなってたような気もしてた、蓋をしようと思いつつ自分の中に芽生えた感情に浸ってたもんね、スッキリ終らせる機会を与えられたのかな。



「おいっての!ちょっと待てって!」

「……っ、何ですかっ、も、疲れた、っ、」


去ろうと踵を返したのに、後ろから二の腕を強く引っ張られて目に溜まってたモノが反動で頬を伝って零れ落ちて来る、手の甲で頬を拭いながら振り払おうと腕に力を入れても全然離してくれない処が掴んでる力が強くて痛みを伴う。


「痛いっ、も、離してください、っ、」

「違うんだって、ホントごめん、そんなつもりじゃなかった、別に責めたかったわけじゃねんだ、そうじゃなくて、」

「はなしてっ、帰りたい、もういいですから、ごめんなさい、本当にかえりたい、」

「……ホントごめん、んな泣かせるつもりじゃ……、なぁこれ手ェ離したらお前もう俺に会ってくんねぇの? ……悪い、俺、引き止め方とか分かんねぇ、どうしたら止まってくれんの、話、聞いて貰いてぇんだけど、もう無理なの?」


後ろから聞こえた弱々しい声に離れようと足掻いてた抵抗を止めたら掴まれてた手からも力が弱まった。
それでも軽く掴んでいる大きい手は私に触れる事なんて殆ど無かった手。
そっと後ろを振り返ると困ったような顔してて目が合った瞬間泣きそうな顔に変わり、泣いてるのは私なのに何でそんな顔するのか、とりあえずさっきの冷たい顔は綺麗さっぱり消えていた。


「……すみません、ちょっと感情的になりすぎて、気にしなくて大丈夫ですから。」

「いや、そうじゃねんだよ、マジでごめん、八つ当たりしたのも俺だし、……ぶっ壊そうと思って声かけた、わざと誤解を生むような言葉を選んだ、だけど傷付けたかったワケじゃねんだよホントに、……ごめん、泣かせて、」

「なに? ぶっこわす? 」

「もうダメになっちまっただろうけど付き合ったの今日なんだろ? なら俺じゃダメなの。泣かせちまったけど、俺のこと好きになる可能性ってこの先ちょっとも無ェの?」

「え? ちょっと何言ってるのか分からないんですけど」

「俺ずっとお前の事好きだった、だからってあんな事して良いと思ってるワケじゃねぇけど、今さっき聞いて余裕無いまま来たから、悪い、泣かせて……」


どんだけ泣かせたの引き摺ってるの、もう涙なんか引っ込んだよ。
それよりも何言ってるの? 理解が追い付かないんだけど、好きだった? 好き? 好きって何?


「……え、ちょっと意味が、……すき、って、言うのは、」

「やっぱ微塵も気付いて無かったんだ。まぁだろうなとは思ったけどよ、あんな思っきし分かりやすくアピールしてんのに逆に驚くわ。」

「……あぴーる?」

「してたろうが、毎日連絡して電話もしてんのに何も思わねぇのかお前は。それとも何だ、お前他にも毎日連絡してる男居んのか?」

「いや、居ないですけど……」

「俺は好きでも無ェ女に金なんざ使いたかねぇし会いてぇとも思わねぇ。流石にこんだけ行ってりゃ行きてぇ店も尽きるし、旨そうな店調べて好きそうな所とか探して口実作ってたんだよ、言ってねぇけどな。」


……え、え? そんな、だってそんな素振り一度も無かったよ、お店は良く見付けて来るなって感心してたけど、調べてたなんて知らなかったし、何なら私も調べてたけどそれは置いといて。

スイーツ友達じゃなかったの? そんな風に見られた事なんて無かったと思ったけど。


「……信じられないんですが、本当に私の事が?? ……え、その好きは、恋愛的な意味で?」

「真っピンクなくれェな」

「……坂田さん的に恋愛の好きは、どう言う意味合いなのでしょう? 一回してみたいとか、何かそんな感じでしょうか?」

「はぁ? んなワケあるか、誘われりゃ乗る事もあったけどお前好きになってからは誰ともしてねぇよ。」

「そ、なんですか、……」

「まだ信じらんねェ?」

「だって、そんな風に見られた事、一度も無いですよ、最初の頃も最近も別に変わらないのに、何で突然?」

「そりゃそうだろ、最初も今も変わんねぇよ、いや今の方が増したけど。」

「……ん?」

「だから最初から好きだったんだっつの」

「最初から!?」


そんな事ある!? あんな人見知りMAX状態の時から!? 益々疑わしい、あの時の何処にそんな好きになる瞬間なんてあったの?


「やっぱり分からない、あんな人見知りMAXなのに何で?」

「俺の片想い期間聞きてぇ? 約1年だぞ。」

「1年? まだ出会ってから半年くらいしか経って無いですよ、何の話ですか」

「お前はそうかもしんねぇけど、俺は1年前からお前の存在を知ってた、当時付き合ってたヤツも一回だけ見た事あるよ、ブラックコーヒー自販機で買って待ってたろ」

「っ!? なっ!な、!? 何!?」


ちょっと待って何!? 何が起きてるの!? 私の事知ってた? でもずっと前から沖田くんの友達なのか、会った事あったっけ?


「会った事ありました……?」

「無ェよ、面と向き合ったのはあの日家に来た時が最初。」

「なら何で!? 」

「気持ち悪ィか? 流石に自分でも引いてはいる、こーみえて。」


自分を嘲笑うように少し目尻を下げて無理に口角を上げてる顔は、いつもの優しい顔とは違い見てて悲しくなるお顔。
気持ち悪いなんて言ってないし思ってない、そうじゃなくて、


「……気持ち悪いなんて思った事ないです、そうじゃなくて、びっくりして、そんな事思いもしなかったから理解が追い付かないだけです、」

「そ? なら良かった、結構周りから固めたし慎重にやって来たつもりなんだけどな、暴露するつもりなんざ無かったのに予定狂ったわ。」

「予定?」

「一応な、これでもうんと優しくしたつもりなんだわ、惚れてくん無ェかなーってこれでもかってくれェ甘やかしたりなんかしちゃって。いや別に惚れてくれたからってそれが無くなるとかじゃねぇかんな? ただのアピールつーの? もうここまで来たら影でやってても意味無ぇし言っとく事にする。」

「……優し、かったです、とても。」

「だろー? 惚れてくれたらもっと優しくすんよ、お前結構電話すんの好きだろ? 俺もお前の声聞くの好きだから出れねぇ時もあっけどそっちも掛けて来てよ。」

「……」

「別に今直ぐ好きになれとは言わねぇからさ、嫌じゃねェなら距離とか置かねぇで来んない? さっきのはホントに悪かったと思ってるけど、彼氏作んなら、……んー、え、彼氏欲しいの? 」

「……いえ別に、と言うか、さっきの人と付き合って無いですよ、デートって言ったのは、一回だけデートして欲しいって言われて了承したのでそう言っただけで、最初で最後のデートです。」

「は? 彼氏出来たんじゃねぇの?」

「そんな事言って無いです。と言うかさっき聞いたって誰にですか? 私付き合ってるなんて誰にも言ってないのに。」

「…………あんにゃろう、ハメやがったな」

「はい? っわ、ビックリ、今同時にスマホ鳴りました?」

「……噂をすれば」



噂? あれ沖田くんからだ、…………



「あ? 何だこれ意味分かんねぇよアイツ」

「……誰です?」

「総一郎クン、"スローなら試してみる価値あり" だと。意味分かんね。」

「っ!? 」


何を言っているの!? 私お酒控えた方が良いかも、余計な事喋り過ぎだわ。お酒に飲まれるなんて良くない、潰れなければ良いと思ったけどダメだ、お酒ダメだ。


「ん? お前ん所にもLINE行ったの?」

「え!? 」

「意味分かんねぇつったらお前に聞けって、既読スルーされたっつってる」


私の手の中にもスマホがあり確かに開いてはいるけれど、まだ数分も経って無いのに既読スルーって。
てか沖田くんが坂田さんに伝えて今ここに居るの? ……なんで? ねぇ待って、沖田くんって何処まで知ってるの?


「……あの、沖田くんって、」

「あぁ、うん知ってる。つかお前以外全員知ってるよ、男だらけん所に呼ぶワケだし一応釘刺しといた。」

「へ? 全員?」

「そう、お前が家に来る前に軽く説明しといたからな。余計な事すんなとは言ったけど、まぁお節介な奴も居るし絡まれたろ。」

「……え? 私、急にあの日行くことになったんですけど?」

「急では無ェよ、お前が別れたって聞いた時点で様子みて連れて来てって伝えてたし、あの日来るって1週間前から俺は知ってた」

「1週間前!? 」


嘘でしょ!? 私知ったの当日だよ!?

そして何より沖田くん知ってたの? 私の気持ちも沖田くんは知ってる、1人だけ何もかも知った状態で居たと、そりゃあさぞ楽しかったでしょうね。

……だけど、……沖田くんは私のヒーローだからな、




返信して無いのに新たなメッセージが届いた


"良かったな、次飲む時お前の奢りな" の下に加わった

"ちゃんとアドバイスはしといた"




「アイツ何て?」

「…………良かったな、次飲む時は奢れよって……」

「良かったなって何が?」

「……私、沖田くんに結構話してるので、……坂田さんの事とか」

「えっ、俺の話してんの? アイツそーゆう事全然教えてくんねぇのに」


ほら、沖田くんはただ自分の中だけで楽しんでるだけ、最初から知ってたのなら私のタイミングでも見ててくれたのかな、なんて思うのは流石に図々しいかな。


「……坂田さんの…………」

「なに悪口?」

「そじゃなくて、…………坂田さんの、事、……すき、って、……」

「え? ごめん何だって?」


周りの音に消される程しか声が出ない、聞こえなかった言葉を催促するするように身体を少し屈めて目の前に耳が来て、風に乗ってふわっと香るのは彼の匂いだ。今思えば、この人は不用意に近付いて来る事は無かったし触れてくる事も勿論無かった、ある程度の距離を保ちこっちが構える事も一度も無かった。

なびく銀髪の毛先を触れた記憶が曖昧だ、多分顔を埋めた、そんなあやふやな記憶でしかない。
勿体無い事したな。

揺れる毛先をちょっとだけ撫でて直ぐ手を引っ込めたら屈んだまま顔が傾いて、髪の隙間から横目で視線を向けられる。


「……なに今の」

「怒りますか」

「……怒んねぇけど、そーゆう事されっと俺もちょっと触んの許されっかな、とか思っちゃうんだけど。」

「……出来ればゆっくりが良いです、」

「ゆっくり? 何が?」

「……好きです、……坂田さんの事が。」

「……は?」


今度はちゃんと言えた、ポカンとして目をぱちくりしてる顔が可愛くって、勝手に触ったら嫌がられるかなとも思いつつその頬を指で撫でたら、ゆっくり上がった坂田さんの手が上から重なって私の動きが止まるくらいしっかり握られる。


「……俺好きになったモンはしつけぇけど。」

「知ってます。一途何でしたっけ、それって人も含まれますか?」

「嫌って程の一途さをたっぷり注いで分からせてやるよ。けどお前の笑顔消してぇワケじゃねぇからその辺は上手くやるつもり。」

「……何か知ってますか」

「軽くな。けどスローの意味がちょっと分かった」

「……」

「大丈夫だって、1年越しだぞお前、軽い戯れから始めようや」

「そうですね、是非それが良いです。」



握られた手を合わせるように握り返し、反対の手で開いたままの画面にメッセージを



"当分私の奢りで良いよ、でもちゃんと説明してよね。"

"ありがとう沖田くん"



今の私があるのは、全て彼のおかげ。
これからも2人で飲む為にも先ずは伝えないとね。


「私2人で宅飲みする男友達が居て、お互いの家泊まる程なんですけど大丈夫ですか?」

「総一朗クンだろ? 知ってる。つーか前聞いたけど? あぁ、いや良いよ俺アイツに世話になったかんな、今後もどーぞ。」

「ふふっ、ありがとうございます」



私のヒーローはキューピッドでもあったらしいね。




─END─




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