▼ 【手】
風呂にも入り終え、特に面白くもねぇがのんびりとソファーに並んでTVを見るこの寝る前の一時も随分日常と化したな。
貰ったと言って雑誌を俺の脚に広げて来たり、肩に寄り掛かって寝ちまってたり、穏やかと言う言葉がピッタリだと思える時間だ。
「ねぇ銀さん」
「んー?」
「何かね、手が変な感じするの」
「え? 痛めた?」
左から腹の前に伸びてきた右手の平を見ても特に何も無ぇし裏返して見ても怪我は無さそうだが突き指でもしたか。
「ぶつけたか何かした?」
「んーん」
「痛いワケじゃねーの?」
「痛いわけじゃない」
「小せェ棘でも刺さっちゃったか?」
指の腹を撫ででも刺さった形跡も撫ェし柔らけぇわ、爪もちっせぇし指も細ぇし痛めたんなら可哀想だな、早く治りゃ良いのに。
「どの辺が変な感じすんの?」
「んー、この辺?」
随分アバウトに指の付け根を言ってくるから親指で撫でてみても何も分かんねぇ。
「見えねぇけど傷でもあんのか? 」
「んー、」
どんだけ曖昧な違和感なんだ本人すら場所も正確じゃねぇ程の何かなのか。
けどわざわざ報告して来るくれェだから余程気に何だろうな、言えっつってんのに怪我したって言って来ねぇしよ。見えねぇ違和感なら余計気になんな、何だろう痺れや麻痺か?
取り敢えず何か分かんねぇかと満遍なく触診したが違和感は無し、特別熱持ってたりもしねェし色も綺麗。
可哀想だからマッサージがてら優しく揉むように撫でてやってたら肩に寄り掛かって来たから多少はマシにでもなってんのか。
けど指の間をマッサージしてたらスルリと俺の指に絡まって握られるから強制終了、きゅっとしっかり握られりゃ握り返すけど結局違和感は分からねェままだ。
「原因が分かればなー。」
「ん?」
「だから原因、何か分かれば考えようもあんだろ」
「んー。」
「なんだその気の抜けた返事は、そんな気になってるワケでも無ェの?」
「んー?」
いやお前が変な感じするっつったんだろ。
適当な返事しかして来ねェし何なんだと肩に視線を落とせば楽しそうに笑ってる顔。
俺の視線に気付いて見上げて来る顔も違和感を気にしてるような不安の表情では全く無く、じゃれてるかのように楽しそうだ。
「……変な感じすんだよな?」
「ん、もう治ったみたい。」
「治った? 」
「うん」
反対の手も加わって包まれた俺の左手、握ってるこの手に違和感はもう無いって? どうゆう事だ、
「最初から何とも無かったのか?」
「んー、あった。」
「あったけど今治ってんの?」
「うん。」
「分っかんねぇな、原因が分からねんじゃまた繰り返すだろ」
んな笑ってたって今だけじゃねぇか、また違和感出んだろ。
「んーん、銀さんがマッサージしてくれたから治った」
「だからその場凌ぎにしかなんねーの、こんなんで治るワケねぇだろ」
「治るもん」
「治んね、…………、」
「ふふっ」
……は? え、ちょっと待って何か、
ぎゅう、と効果音が付きそうなくれェ両手で握られている俺の左手、腕にピッタリくっ付いて肩には頭が乗ってある。
チラリと目線を上げて楽しそうに笑い声を漏らしながら顔を隠すようにまた下を向き手に力が入るんだが、これはアレか、甘えてるの?デレ期?そうゆう気分なの?
にしても、もっと分かりやすく堂々と甘えて来いよ、どんっだけ不器用な甘え方してきてんだ、気付けねぇだうが。
「なーに、甘えたな気分になっちったの?」
「んー、……、最近、手繋いで無いなーって、………ふふ、それだけ。」
手? 手……、確かに繋いで無い。いや繋いで無いつーか、一緒に歩いて無くね? 最近神楽が迎えに行き始めたから俺行けてねェし、3人で行く事もあるけど疲れてるだろうと定春に乗せられてたりして俺の隣には居ねぇんだよ。
そう言や二人で出掛ける事も最近無ェな、家でだと手より違ェ所触ってるもんな。いや変な意味じゃなく。
「……俺と手ェ繋ぎたかったの?」
「うん」
「言ってくれりゃいつだって繋ぐのに」
「……だって、手ぇ繋ぎたいとか子供みたいじゃんか。」
何照れての? 人の左手に指絡めながらンなピッタリくっ付いてお前は何を照れているんだ。
見えてる頬に垂れる髪を指で掬って耳に掛けたら、嫌がるように首を振られてまた顔が隠れる。
そっちの気分では無いらしい、あくまで手を繋ぎたいだけね、良いよ分かった。
左手にぐっと力を込めて握り返し心地好い笑い声を聞きながら肩に乗ってる頭を緩やかに撫でてたら、気付けば握られていた筈の手から力が抜けていて顔を覗き込めば寝息たてながら寝てるしよ。
これを穏やかと言わないで何て言う?
取り敢えず明日は店まで送ってやるよ、しっかり手ェ繋いでな。
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