▼ 55話番外
本編55話と同日、中間に起こった沖田くんとのエピソード、ここから55話後半のグラタンアップルパイに行きます。帰宅した時から機嫌良かった理由はこのエピソードがあったから。
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「名前さん今日何時終わりですかィ?」
「今日は4時だよ、いつもより早いの。」
割かし高確率、と言うか仕事の日はほぼ毎回沖田くんに会ってる。土方さんにはもうバレてるからサボり場所には不向きだろうに、それでも来てくれるから嬉しくて怒りながら来る土方さんに無理矢理お団子食べさせて黙らせてしまう。
沖田くんはサボってるようでサボってない。お店に居ても、ふらっと何処かへ行ってまた戻ってくる。その後パトカーが来たりするからお仕事してきたんだと思う。
少しガラの悪いお客さんに絡まれたら助けてくれるし、隣に座ったお爺ちゃんとお話してたり、沖田くんがお店に居るととても平和。お巡りさんに見守られてるこのお店は何処よりも贅沢なお店だろうな。
「なら終わったら屯所来て下せェ。」
「お仕事?」
「違いやす、終わる頃また来るんで待ってて下せェよ」
「分かったー。」
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「お疲れ。」
「ありがとう、沖田くんも?お仕事終わったの?」
「その辺は適当なんで気にしねぇで下せェ、行きやしょう。」
「う、うん。」
適当なんだ…。 歩きながら銀さんに怒られなかったかと聞かれたから物凄く怒ってたと伝えると笑われた。私は全然笑えないのに楽しそうに笑うから、何だか私まで笑えてきた。
屯所に着いたら何故か道場に案内された。いつもは沖田くんの部屋か土方さんとか近藤さんの部屋なのに、道場は初めてだ。
「何で道場に?」
「これ持って下せェ」
「竹刀? 」
「使った事ありやす?」
「無いよ?」
「やっぱり蹴り専門か、でも少しくらい扱えても損は無ぇですぜ。」
そう言いながら沖田くんも竹刀を持ち道場の中心に進んで行く。
「来て下せェよ、」
竹刀で正面を指されたので手に持った慣れない重みを抱えて近付くと自分と同じように構えろと言う
「え? 何するの? 」
「稽古」
「稽古? 私剣道した事無いよ? どう考えても相手にならないと思うんだけど、」
「俺の稽古じゃなくてアンタの稽古でさァ。」
「私の!? え?私剣道するの? 何で?」
「俺の傍に居させる為。自衛出来ねぇと傍に居たくても居られねぇ、アンタもそれは分かってやすよね? 幸い名前さんには蹴りがある、でもそれだけじゃ接近戦過ぎるし刀に弱い。腕が立つ奴相手なら蹴りだけじゃ弾ききれねぇし受けなきゃなんねぇ。俺の傍に居るのも、ついでに旦那の傍に居るのも平和では無ぇんで、もうちょい自衛力高めて下せェ。俺の我儘でさァ、付き合ってくれやす?」
それは、沖田くんの…我儘なんかじゃ無い、なんで……
「…っ、……、は、…待って、っ直ぐ、とっ、める…、」
危ない目に会うかもとは銀さんも言ってた、巻き込まれないようにって、ずっと心配してくれてた。銀さんはもしもの時は自分が行くまで時間稼いでくれたらとは言ってくれたけど、それでも危ないと分かったら自分を盾にしてでも私から遠ざかって戦うと思う。この人達は皆優しい、自分のせいで私が危ない目に合ったらきっと自分を責める。それは絶対に嫌だ、邪魔でしか無いし足手まといにしかならないのも分かってる、…だから、傍に居れたらなって思うのは私の我儘。そんな自分勝手な事気付かれ無いようにずっと心に留めてた
……なのに、何で、
沖田くんは私を傍に居させてくれようとしてるんだ。危ない目に合うと分かってて、それでも傍に居させてくれようとしてる。そして、そうする為に少しでも自分で身を守れるよう術を教えてくれようとしてる。足手まといにしかならない私を、置いてきぼりにしたり突き放したりしないで連れて行ってくれようとしてる。
「…、…っ、ごめ、」
「名前さん、素直に言ったら良いじゃねぇですかィ。大人しく待ってるだけがイイ女って訳じゃ無ェですぜ。」
「っ、…ちが、……わ、ったしが、怖いだけっ…、」
ただ怖いだけ、聞き分けが良い訳でも、大人しく待ってる訳でもない。私が怖いだけ。
「俺ァ我儘なんで、怖ェ思いさせてもまた傍に行きやすぜ。」
「そんなの、全然怖くないもん。例え痛い思いしたって、…っそっちの方が、良い。」
どんなに見える傷を負おうが傍に居れるなら構わない。本当に怖いのはそんな事じゃない。
泣き止まない私をあやすように抱き締めてくれるこの温もりは、私に居場所を作ってくれてる。ただ守られるだけじゃなく私が自分で立てるように、自分に自信を持てるように。
「…っ、沖田く、…あり、がとう、…っ。」
「危ねぇ場所を喜ぶたァ、アンタも相当物好きですねィ。」
「私、そんなに良い子じゃないから。用意された安全なんて、……本当は、…要らない。私の為の優しさなんて、そんなの無くて良い。」
「折角用意された安全要ら無ェんで? 随分悪い子でさァ、俺好み。」
「ふふっ、好み、歪んでる。」
「そろそろやりやすか。時間無ェんで詰め込んで行きやすよ。」
「はいっ、お願いします!」
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「立ちなせェ。膝付いても顔まで背けちゃ殺られやすぜ、俺から目ェ逸らせんな。」
肩で呼吸しながら膝から崩れ落ちた私の顎を竹刀で持ち上げ見下ろされて言われた。
とんでもなくスパルタだった。
いや決してナメていた訳ではない、折角時間を割いてド素人の私に1から教えてくれてるんだ、しかも1番隊隊長さんだよ。私にとっては沖田くんだけど、この方は1番隊隊長さん。ご指導受けたい人は山程居るだろうに、その人達を差し置いて私が独占して付きっきりで指導して貰っているんだ。有り難い事この上ない。……、ない、けど、
「っ、」
「直ぐ脚出すんじゃねぇ、足癖悪ィのは分かりやしたんで。手に力入れなせェ、ほらもっとしっかり握んねぇと、」
両手で構えてたにも関わらず竹刀がぶっ飛び、振り落とされた竹刀をまた脚で止めたら舌打ちされてそのまま力尽くで押され倒れた。
「っう!っ、…はぁ、はぁ、」
「これ刀だっつってんだろ、脚斬られてェんで?」
「……すみません。」
つい反射的に脚が出てしまう。決して斬られたい訳でも忘れてた訳でもない、言い訳にしかならないけども速いんだよ、沖田くんの竹刀滅茶苦茶速い。だから交わせないと思って咄嗟に脚が出ちゃう、でも刀だったら刃付いてるし駄目だよね。言われてる事は分かってる、しかも何度も同じ事を言わせてしまって……ごめんなさい。
「…はぁ、はぁ、私っ、本当にごめ、全然上達、」
「さっさと立ちなせェ、んな転がってたらまた死にやすよ。」
謝る時間も貰えない。
もう何度も死んでるであろう身体を起き上がらせ転がってきた竹刀を握る。
落ち着け、さっきから沖田くんの竹刀に怯えすぎだ。竹刀なんて所詮物。刀だろうが竹刀だろがそればっかり見てたって持つ人間を止めないと駄目だ。だけどあれは刀、受ければ斬られる。私の力じゃ受け止めるのは難しい、出来れば弾いて本体に行きたい。
両手でしっかり握って顔を上げると目が合った瞬間ニヤリと効果音が付きそうな笑い方をする沖田くんにいちいち反応してしまう。指導をして貰っている身で有りながらイラッとしてしまうなんて、私は何なんだ。
振り下ろされる竹刀を受け流し本体に蹴りを入れても顔を反らせてかわされる、横から戻って来た竹刀に浮いたままの脚を柄に当てて弾き直ぐ様こっちが振り下ろしても、やっぱり避けられた。
開いた距離を自分から詰めて本体に向かう、横から来るのを屈んで避けて下から振りかざしたら戻ってきた竹刀に止められる、のは分かってた。本体ではなく竹刀の手元に軌道をずらして思いっきり打つ、沖田くんの手から離される事は無かったけどスピードは落とせた、その瞬間に首下に全力の蹴りを入れた。反対の手で掴まれたけど力任せに押しきって倒し顔の横に竹刀を立てる。
「はぁ、…はぁ、」
胸の上に乗り真下にある沖田くんの顔を見下ろしてる筈なのに良く分からない。
何だろう、心臓がドクドク鳴ってるし、全身の脈が大袈裟に振動を与えて来てるみたいに身体が震えてる。
「…スッゲェ興奮した面、見て下せェこれ。」
真下を見ていた顔が、ぐいっと顎に手が触れて上げさせられて、ドクドクと痛いくらい心臓を叩かれながら視界に映ってる風景が変わったのが何となく分かった。
「馬鹿言ってねェで収めてやれよ。」
「え、ヤれって?」
「アホか!んな事言ってねぇよ!」
「冗談でさァ。」
首にひんやりとした冷たさを感じた、続いて視界が白で埋め尽くされる。
「ゆっくり呼吸しなせェ。」
背中にから感じる、ぽんぽんと一定のリズムで触れる温もりが落ち着かせようとしているのは分かる、だけどドクドクとうるさい心臓は鳴り止む気配は無く全身で脈打ってるように震えも続いてる。
「俺を見なせェ。ちゃんと目ェ合わせろ。」
下から顎を掴まれて首が反れた、掴んでる手を揺すぶりながら自分と目を合わせるよう聞こえてくるのに、心臓から意識が離れない。
「いっ!? …たい…」
「興奮してても痛ェの嫌いで?」
「…お、きたく、…」
「そうでさァ、そのままゆっくり呼吸しなせェ。力抜いて、体重掛けて大丈夫ですぜ。」
太腿にじんじんと痛みを感じながら後頭部が押されてまた視界が白くなった。でも今なら分かるこれスカーフだ。沖田くんのスカーフ、そして私乗ってる、脚に跨いで座っちゃってる。
沖田くんに寄り掛かるように倒してた身体を起き上がらせるとやっぱり太腿に乗っかってて直ぐ目の前に沖田くんが居た。
「戻って来やした?」
「…なんとか、」
ドクドク鳴ってた心臓もだいぶ落ち着いたし、震えも止まった。
「ごめんね、どうしたんだろう。過呼吸になってた?」
「いや、スゲェ興奮してやした。俺が血ィ浴びて興奮してる時と多分同じ。 」
「へ?」
「オメーが煽ったからだろうが。」
「それはこの人が悪いんでさァ。素人だし取り敢えず軽く触り程度にする筈が、対抗心剥き出しで刃向かって来るもんだから屈服させたくなるじゃねぇですかィ。しかも見てやした?あの面。 悔しくて仕方無ェって軽くキレてやしたよね。俺が挑発すれば目が座るし時々舌打ちまで聞こえて来やがる。敵わねぇって分かってる割に刀弾かれて睨み付けて来るし、こっちまで興奮してくらァ。本当にアンタドS心掴むの上手ェな、旦那がハマるのも心底納得しやす。」
……いつもの優しい沖田くんじゃない。片手で顎を掴み頬を潰しながら至極楽しそうに言ってきてるけど、軽く半笑いで馬鹿にしてるようにも取れる。
「くっは、見て下せェよ土方さんこの面。歪ませたくなりやせん?」
ぐっと顔が動かされて土方さんが見えた。目が合った瞬間に口元引き吊らせやがりましたが、何ですかね、歪ませたくなるんですかね。
「いやならねぇよ。つーかもう止めとけ、結構キてんぞ、目ェ座ってるし。」
「へぇ、どれ。」
さっきから勝手に顔が動いて視界が変わる。目の前に居る沖田くんは口の端を片方だけ吊り上げて、それはもう楽しそうだ。
「もっとしおらしくしてくれりゃァ、俺も優しくしてやったのに。」
「……沖田くん好みになりたくって。」
目が笑えたかどうか分からなかったけど、口角は無理矢理上げて言った
「くくっ、最っ高。はー、楽しい。」
そう言いながら抱きついてきた、未だ私が脚の上に乗ったままだから密着凄い。それでも抱き締め返すと肩の上に顎が乗ってくる。
「あー、そろそろ帰えんねぇと探されやすね。」
「えっ大変!沖田くん今日は本当にありがとうね。」
「俺の我儘だって言ったでしょう。つーか身体大丈夫で?」
立ち上がりながら聞かれたけど、もうなんともないし普通に立てる。
「大丈夫ー。何だったんだろう本当。土方さんタオルありがとうございます、いつから居たんですか?」
「少し前から、つか何してんのお前ら。」
「俺が連れて来てやらせたんでさァ、気にしねーで下せェ。にしてもさっきの、旦那ならヤバかったでしょうね、土方さんは何とも?」
「あるわけねぇだろ。」
「ふぅん。俺はもうちょい我慢出来なくなるまでやらせてみてぇと思いやしたが。」
「……止めてやれよ」
「何の話?」
「アンタのスゲェ興奮してた顔の話」
「興奮してた?」
「してやした、欲情に近けェくらい。」
「っえ!? 沖田くんに!?」
「そう俺に。いや冗談でィ、そんな顔すんな俺にじゃねぇでさァ。やってて興奮したんでしょうね、楽しかったですかィ?」
びっくりした、まさか沖田くんの事をそんな目で見てしまって居たのかと……。
楽しかったかと聞かれると、楽しかった。こんな全力で動いたの久しぶりだし。
「…楽しかった。」
「なら、また付き合って下せェ」
「そんな、こちらこそ。貴重な隊長さんのご指導を受けさせて頂いて。」
「おぉ、ウチの隊士にも見習って貰いてぇなァ、結構キツ目にやったってのに。しかも楽しいなんて言う始末、本当はまだやりてぇ事あったんでさァ。あんな打ち合いしようと思ってたワケじゃ無ぇんで。」
「え?そうなの?」
「そうでさァ。アンタ元々何も持ってねぇんだから先ず奪わねぇと、けど刀は危ねぇから鞘奪ってそれ使うんでさァ。視野も狭ェしもっと広く持たねぇと、時間ある時に少しずつやりやしょーね。」
「うんっ、ありがとう!」
「まだやんの?お前はこいつを戦闘員にでもするつもりか?」
「自衛力高めるだけですぜ」
「脚あんのに? これ以上暴れられると押さえきれなくなんぞ。」
「それどうゆう意味です? 私別に暴れた事無いですけど。……蹴った事言ってますか、」
「違ェよ馬鹿。」
「帰る前に身体拭かねぇと、ヤった後みてぇに思われやすよ。」
「汗かいただけで!? 」
「顔少し赤いし、まだ若干目ェ熱帯びてる。」
「えぇ、何それどんなの。でもそんな事思われたら、大変な事になりそうな予感がするよ。」
「大変なんてもんじゃねぇでさァ。シャワー浴びて匂い変わったら益々怪しいし軽く拭きやしょ。」
「汗臭いの取れるかな、いつも以上に臭ってたらどうしたと思われるよね。」
「なら制汗スプ……いや良い匂いすんな、何で? いつもの匂いと同じでさァ。」
「えぇ?そんな訳無くない? 凄い汗かいたよ。」
「いやマジで。何でだ? 」
「あれ?でも沖田くんも良い匂いする。汗かいてない?」
「いや、かきやした。」
「もしかしてここの道場が良い匂いするのかな?」
「隣ヤニ臭ェからそれは無ェ。」
「おい誰の事言ってんだ。つか何処のバカップルだよ、お前らよく淡々とそんな会話出来んな。」
「スゲェ激しいぶつかり合いしやしたもんね。」
「本当、かなり良かった。」
「何なんだよお前らは……」
「今度土方さんも入りやす?3人とかどうですかィ。」
「私、身体持つかなぁ」
「いやおかしいだろ!どんな言葉のチョイスしてんの!?」
「大丈夫でさァ、名前さん上も下も使えるじゃねぇですかィ」
「っ、が、頑張るっ」
「恥ずかしがんなよ! 頑張ん無くて良いから! 蹴りと竹刀だってのは分かってるし眉下げんな!?」
「何処までイケんのかと思って。」
「ごめんね精進する。」
「せんで良いわ!」
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