▼ 着物着るのって大変
この世界に来てから2日目
昨日はあれから、ここでの普段の生活を教えて貰ったり、万事屋の仕事の事、この世界についても少し教えて貰った
依頼が来ないと仕事が無いみたいで、新八くんが家事をやっているとのこと
ならば私も手伝いたいと申し出ると料理は私がさせて貰えることになり、現在朝食を作っている
次の日には勝手に戻ってるんじゃないかって、どこか簡単に考えていたけれど、そんな簡単にはいかないみたいで
やっぱりただ待ってるだけじゃ駄目なのかな
考えながら朝食を作っていると台所の扉が開いた音がして、振り返ってみるとそこには銀さん。
殆ど目を閉じたまま、ボサボサの髪を掻きながら立っている
「……はよ 」
「あ、おはようございます」
挨拶を返すと不機嫌そうな顔になり少し目も開いた
そう言えば朝弱いんだっけ、寝起き機嫌悪くなるタイプかな
そう思いながら朝食作りを再開しようと思ったら、
敬語禁止 と掠れた声が後ろから聞こえた
そうだった
昨日も説明受けながらちょいちょい言われたんだった
「ごめん間違えた。おはよう、銀さん。」
言い直すと、ん。と言って洗面所に向かって行った
昨日会ったばかりだし、タメ語で良いって言われてもおはようとか馴れ馴れしいかなと思ったけど、大丈夫だったみたい
無一文で転がり込んで、ご飯も食べさせて貰っちゃって、申し訳無い事この上無い
しかも昨日夜寝るときは銀さんの布団を借りていて
その銀さんはソファーで寝させてしまった
家主をソファーで寝させる訳にはいかないと軽く言い争いになったけど、なら来たときみたいに仲良く2人で布団入るしかねぇな?と、口元笑いながら詰め寄ってきたから大人しく布団を借りた。
私をここに置いてくれようとした時もそうだけど、銀さんはスイッチを押したみたいに突然意地悪になる気がする
私が遠慮したりするときに気を使わせないようにしてるんだろうけど、本気か冗談かイマイチ分からないから取り敢えず逃げた
今日も帰れなかったら夜どうしよう
2日連続ソファーは流石に身体痛いよね
「神楽ちゃん、朝だよ−。ご飯出来たよ!」
昨日新八くんにご飯前に起こしてあげて下さいって言われてたから、呼びに行くと「ご飯アルか!!」って勢い良く起き上がった
「ふふ、おはよう。ご飯出来たから顔洗っておいで?」
髪の毛がピョンピョン跳ねていて思わず笑ってしまう
跳ねてる髪を直すように撫でると少し照れたような顔をしておはようの言葉と共に押し入れから出て走って行った
可愛いなぁ
神楽ちゃんの後を歩いて追うと銀さんは既にソファーに座っていて、新八くんも出勤してきたみたい
一緒に座っている
「おはようございます、名前さん。朝食ありがとうございます。後、神楽ちゃんも起こしてくれて。」
ニッコリ笑いながら律儀にお礼を言ってくる新八くん
「おはよう新八くん。全然だよ、ご飯はお口に合うと良いいけど。」
大丈夫ですよ、昨日の夕食も美味しかったですから!って言う新八くんに可愛いなぁとまた笑ってしまう
そんな私を横目で見てくる銀さんに「何ですか?」
って聞くと、眉間に皺を寄せられた
あっヤバ、またやった……
神楽ちゃんが戻って来て、言い直すタイミングを失ったから何か言いたげな目線を無視してご飯を食べることにした
片付けは自分がやると言ってくれた新八くんに、他の仕事もあるだろうし大丈夫っと答えて断った
あの後、銀さんが食事中喋る事は無かった。
……怒ったかな。
だって年上にタメ語って慣れないよ……
馴れ馴れしくない?
お世話になってるしって言うのもあるけど、年上の人にタメ語使う事なんてないし……
どうにも抵抗がある。
はぁと無意識にため息が出た
「なァ」
「っ!? びっくりした。どうしたんですか? 」
突然後ろから声を掛けられ、振り向くと銀さんが台所の入り口に寄りかかって立っていた
び、びっくりした……!
全く気配が無くて気付かなかったし、しかも不機嫌……
やっぱりまだ直ってない
居心地の悪さに目線をそらすと 「新八が呼んでる」と教えてくれた
あ、わざわざ呼びに来てくれたんだ
「ありがとうございます、直ぐ行きますね。」
殆ど終わってた残りの洗い物を急いで片付けて台所を出ようとすると、まだ銀さんはそこに居た
え?待ってたの……?
何故、と思いながら「終わりました」と告げて近付くと、「お疲れ様でした−」と言いながら銀さんは台所を出て行った。
何だったの。
お疲れ様って言いたかっただけ?
そう考えてやっと気付いた。
私、敬語だった……!!
殆ど最初から敬語使ってたじゃん
だからか、お疲れ様でしたってわざと敬語で言ったんだ……
嫌みか−
どうしよう、どんどん気まずくなってく
次は絶対タメ語使おうと決心して新八くんの元へ急いだ
「待たせてごめんね、新八くん!何か用だったかな?」
「あっ名前さん!さっき渡すの忘れてたんですけど、これ僕の姉上からです! 」
渡されたものを受けとると
「着物……?」
「そうです!姉上のお古なんですけど、昨日名前さんの事話したら渡してくれって頼まれたんです。ほら名前さん服無いじゃないですか、ずっと銀さんの寝間着着てるし、良かったら貰って下さい!」
「え!? いやいやそんなの悪いよ!着物とか高そうだし! 気持ちだけ貰っときます!お姉さんにもお伝え下さい!」
「いえ、大丈夫ですよ!この着物、姉上がもう着なくなった物らしいんです、だから置いとくより着て貰える人に持ってて欲しいって言ってましたので。」
だから貰って下さい。と。
そんな風に言われると断りづらい……
どうしようかな、
「あっ、なら借りても、良いかな? ほら私いつまでこっちに居るかも分からないし、戻るまでお借りしたい、どうかな?」
私の申し出に新八くんは一瞬きょとんとしたけど、直ぐ、分かりました と了承してくれた。
「ありがとう! お姉さんにもお礼言いたいな、私が会うことは出来るかな?」
「仕事までの時間なら家に居ると思います、後で一緒に行きますか?」
「うん!ありがとう!」
「なら早速着物着てみませんか?外出るならその格好って訳にはいかないですし。」
「そうだね、そうさせて貰おうかな!」
可愛い着物だな
着物とか着たこと無いけど似合うかな
……って着物、着れないじゃん私。
事の重大さに気付き、ハッとして着物から顔を上げた
どうしました?と新八くんが聞いてくれて、着物自分で着たこと無い事を打ち明けた。
「そっか、名前さん基本的に洋服って言ってましたもんね。」
「うん、ごめんね新八くん。折角持ってきてくれたのに。」
「大丈夫ですよ!銀さんパー子さんで着物慣れてるし、教えて貰ったら良いんじゃないですか? 僕は姉上に電話してこれから行くこと伝えてくるので、ついでに散歩行ってる神楽ちゃん迎えに行ってきます。」
そう言い残し新八くんは去って言った
え?銀さんに着物の着方教えて貰うの?
パー子さんで慣れてるって、パー子さん誰?
てか今、銀さんと気まずいんだよ!
着物教えて貰える感じじゃないんだよ!
心の中で新八くん戻って来ないかなと願っていると ソファーからため息が聞こえてきた
銀さんは先程の私と新八くんの会話には一切入らずソファーに座ってジャンプを読んでいた
ため息をついた銀さんにチラリと視線を向けると、ジャンプを横に置きこちらを見ている
ど……どうしよう
気まずい、とても気まずいよ
気まず過ぎて目すぐ逸らしちゃったし
それにまだ機嫌悪そうだし
……うん、ここは何とか1人で頑張ってみよう
意外と出来るかも知らないし!
よし!と顔を上げて、寝室に向かおうと考えていると
「お前さぁ」
銀さんが口を開いた
話し掛けられると思ってなかったから、えっ、と少しビックリした声を出しながら銀さんの方を見た
「俺が怖い?」
いきなりの質問に直ぐ返事が出来なかった
怖い?
銀さんの事が怖いかって聞いてるの??
ジッと私を見る銀さんに、何でそんな事聞くんだろうと思いながら否定した
「怖くないよ?」
タメ語で言えて心の中でホッとする
でも一瞬銀さんの目がいつもより少しだけ大きくなった
え、タメ語だからかな……
やっぱタメ語馴れ馴れしいとか思ってるのかな……
「じゃ、何で俺にだけ敬語なワケ? 」
あっ、そっちか。
「私、年上の人にタメ語で喋るの抵抗あって、だから銀さんにだけって訳ではないで、……ないよ?」
ふーん、と言って後ろ髪をガシガシ掻きながら今度は銀さんが目を逸らした
「でもよォ、俺だけ敬語とか、気になんだよ。 別に年上とか気にしねぇから普通に喋ってくれや。」
……そっか、私からしたら年上だし礼儀として使ってただけでも、銀さんからしたら自分だけ敬語使われて何だと思うよね。
「……うん、ごめんね、気を付ける。」
おー、と返事をくれてホッとする。
ソファーから立ち上がった銀さんは私の元までやって来た
「着物着んだろ? 教えてやるよ 」
「わ、ありがとうございます!」
「ありがとう、 “ございます“ ?」
「あ!! 間違えた、あ、ありがとう!」
さっき気を付けるって言ったばっかりなのに、教えてくれる事に喜び、うっかり敬語になってしまった
ジト、と目を細めて見下ろされる
「ご、ごめんね、次こそ気を付ける!」
明るく言ってみたら、ふーん と今度は口元に笑みを浮かべて寝室に入っていった
着物を持ってついて行くと、持っていた着物の中から一枚の布を取り出して、まずはこれ着ろ、と渡された
着たら声掛けて、と外に出て扉を閉められたので急いで着替えて声をかけると中に戻って来て、着物の着方を説明してくれた。
「ん、こっち先な。んで、押さえてしっかり結ぶ。 あんま緩く縛ってっと綺麗に仕上がんないから、しっかり結べよ。」
言われたものの自分で結ぶのは中々難しく、やってる傍から合わせた布がずれていく
「っ、と、出来た……?」
「いや緩いって、こんなん軽く引っ張っただけでほどけんぞ。」
そう言いながら銀さんはずれた場所に手を添えて
「ちょっと引っ張んぞ、足踏ん張っとけよ。」
グッと合わせ目を引っ張られ、そのまま目の前に居る銀さんに勢い良くよろけてしまった
「わっ!? あ、ごめんなさい!」
「ちゃんと足踏ん張っとかないと、着付けらんね−だろ。」
「ご、ごめんなさい!」
「つーか、敬語戻ってる」
「あっ、ごめんなさっ……じゃなくて!ご、ごめんね!」
喋りながらも器用に手を動かす銀さんの力に負けないように足に力を入れて立ち、着付け方を見ていた
「あー、やっぱ紐緩いわ、ちょっと直すからここ押さえてて。」
言われた所を両手で押さえると紐が緩んで少し苦しかった呼吸がしやすくなった
「んじゃ、キツめっから。」
そう言われた瞬間さっきよりキツく紐を巻かれ足元がぐらついた
「ちゃんと立っとけって。」
「ごめっ、でも、これっキツすぎませんかっ」
「敬語」
「あ、ごめっ、いやあの、ちょっ本当、苦しいんですけどっ」
「はいまた敬語−」
更に呼吸が苦しくなる
……ちょっと待ってわざと!?
わざとキツくしてるの!?
息も絶え絶えになりながら紐を押さえてる銀さん手を掴んだ
「緩めて欲しいなら、そう言ってみ」
こいつ……っ
「っ、ゆ、緩めて、下さい、」
「え?何?キツめて欲しいって?」
違う!!
くっそ、本気で苦しいのにっ!!
「聞こえねぇって、名前ちゃん。 ちゃんと 言わねぇと。」
……こんのっ、
「……っもう、緩め、てってば!!!!」
後半叫ぶように言うと、さっきまでキツめられていた力が弱まった
ようやく呼吸がしやすくなり苦しすぎて涙目になりながら顔を上げて銀さんを睨み付けた
するとニヤニヤしながら見下ろす顔が目に入る
「……随分、意地が悪い」
「喋りやすくしてやろーかと思って」
「そうだね、喋りやすくなったわ。これで誰かさんの不機嫌な視線を受けなくて済む」
「なーに、名前ちゃん実は口悪いの? 反抗的じゃん? 」
そりゃ反抗的にもなるわ
本当苦しかったし
掴んでしまっていた手を離し目線を逸らした
いつの間にか丁度いい具合のキツさで着付けが終わっている
「……怒っちゃった?」
「別に、怒ってない。 苦しかったからちょっとイラッとしただけ。」
「あ、イラッとはしたんだ」
笑いながら銀さんは キツさはどうよ、と聞いてきた
「……丁度良い。」
「なら良かった。悪かったって、機嫌直せよ。」
言いながら私の頭にポンポン、と手を置いた
まるで、子供をあやすみたいにされて悔しくなる
「敬語止めさせる為にやったんでしょ? 良いよもう、本当に怒ってないから。」
「そーそー。全然止めねぇからさ、まぁちょっとは楽しんでやってたけど。」
「ねぇそれ本当は悪かったって思ってないよね。」
もう良い、と言って部屋を出た
もうやだ、この人ほんと意地悪い
だって終始ニヤニヤしてるし
素直に着物のお礼言えなかったじゃん
後ろから、思ってるって− と聞こえたけど無視して玄関に向かう
さっき新八くん達が帰って来た声が聞こえたから足を向かわせる
「名前−!!着物似合うアル! 」
「ありがとう! 神楽ちゃん新八くんお帰り!」
「ただいまです名前さん。 着付け教えて貰えたんですね、良かった。じゃ−行きましょうか。」
「うん!」
「銀さんはどうします? 一緒に姉上の所行きますか?」
「あ−、外に用あるから途中まで行くわ。」
そう言って4人でぞろぞろと玄関に入る
途中私は振り返り後ろに居る銀さんに話し掛けた
「銀さん、着付けありがとう。」
さっき言いそびれたけど、今言わなきゃと思って
遅くなったけど笑ってお礼を言った
銀さんは少しビックリしてたけど、直ぐ笑って おーって返事してくれたから、着物と一緒に借りた下駄を履いて外に出る。
1日ぶりの外
じっと空を見ていると階段の下から 「名前−!!」と神楽ちゃんの呼ぶ声が聞こえて口元が緩む
たった昨日の事なのに初めて見た昨日の景色と全然違うように感じる。
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