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 後日。ベルダート騎士団員それぞれの部隊の代表者が、王城に召集された。普段は王都以外に配属されている者も含めて全員だ。謁見の間には、未だ王の姿は見えない。
 騎士らは自分たちが今ここに居る理由を想像する。その切っ掛けと成り得たであろう事象は、わざわざ思い返すまでもなく記憶に新しい。シャルアーネの崩御の後の、王都への魔獣の襲撃。それは前王妃が守り続けた理想の壁が崩れ落ちていくかのような出来事だった。
 遡ること二十数年前までは、この城も戦争の為に使われていた。シャルアーネの掲げた協定により、ベルダートは平穏な小国という安定した状態を保てていたのだ。
 騎士たちは一様に、この国の変化を−−あるいは、地盤が傾きつつある事を、心の奥底で感じ始めていた。

「そういや、騎士の一人が職務を放棄して城を脱走したって話もあっただろ、それもあの例の女だと」
「あの赤髪のだろ? だから俺は前々から言ってたんだ、訳のわかんねぇ奴を騎士団に置いておくんじゃねぇって」
「そもそも女に騎士が務まるとは思えん」
「実は、あいつの正体こそ魔獣なんじゃないかって噂でな……」

 各々が思うがままに話し出し騒然となる空気を、

「静粛にしろ。陛下の御前だ」

 扉が開き、騎士団長ロアールが諌める。彼の傍らにはシェルグの姿があった。

 整列した騎士の間を、新王が歩み進める。かつての王が“この国を表す色”だと言った青色の絨毯を踏み締めながら。権威の象徴である長い外套を騎士団長に支えられて、シェルグは幾つかの段を上り、玉座へと腰掛けた。傍らにはロアールが位置する。隣の空席は王妃の為のものだ。
 騎士たちの敬礼が向けられれば、シェルグは満足げに笑む。そして、頬杖をつき、目下の者達を文字通り見下げるかのようにして、言った。

「封鎖された国、或いは歴史に名を遺さない国。我が国がそう呼ばれているのを知っているか?」

 それは国王の第一声としては、自国への誇りや慈愛を感じさせない言葉であった。

「無理も無い、我らは他国との交流を避け続けてきた。隣国フリージアとの同盟すら名ばかりであろう。私は警鐘を鳴らすぞ。周囲に怯えるかのように潜む暮らしをしていては、瞬く間に人も国も滅ぶ。解り易く言うならば、この国には変革が必要なのだ」

 騎士たちに表情を変える事は許されない。従うべき者の前では、個々の感情は捨て置かねばならない。少なくとも、このベルダートの地では。
 閉ざされた重圧感の中、騎士の一人が静かに口を開いた。

「畏れながら陛下。具体的には、どのような対策が必要だとお考えですか」

 発問したのは王都護衛軍のグランドルだ。

「ふん。それを言わせるか。先日の襲撃の後、民が真に仰ぎ見た対象は何であったか。把握していれば自ずと答えが解るだろう」

 グランドルは黙した。シェルグの言った意味が解らなかった訳ではない。それを国王の前で口にしても良いものかと躊躇したからだ。しかしその気遣いも、シェルグには不要なものだった。

「フィオナーサだ。いや……正しくは、彼女が宿す紋章だな」

 そう断言する王の表情には、愉楽さえ感じさせる。

「立ち向かわねばならない敵が有るとすれば、弱者のままではいられない。先ずは相手と対等となれる場に立つべきだ。私の言葉の意味が解るか?」

 フリージアとの同盟。変革。紋章。対等となれる立場。騎士たちは無言のまま、シェルグの放った言葉を繋ぎ合わせて、その先を想像する。彼らが容易に導き出し、それでも信じ難い答えは−−

「ロアール。お前にも異論は無いな」
「陛下の御志をお護りする為に、私がおります」
「……愚問だったな」

 騎士団長の自身に向ける揺るぎない忠誠心を見てとれば、シェルグの憂いは無くなったも同然だった。

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