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 四人と一匹は、かつての森の中を駆けていた。あるいは焦りの中を駆けていたかもしれない。周囲を森が囲む王都へ辿り着くには、どうしても木々が行く手を阻む。

 転移術というのは万能ではなく、移動しようとする者全員が、一度は自らの足で訪れている場所にしか瞬間的な転移は出来ない。そうそう都合良くはないものだ。
 四人を囲んだ円陣は、王都ベルダートへの転移を拒んだ。出身のエルスやユシライヤは言わずもがな、ターニャもエルスを探し王城へ足を踏み入れたし、ファンネルに至っては、例外的にどの場所にも降り立つ事が出来るらしい。つまり、たった一人エニシスだけがベルダートに訪れていない事になる。エニシスは自らが足を引っ張ったかのようにすら感じたが、

「少なくともベルダートには関わっていないと、記憶の手掛かりが一つ見付かったじゃないか」

 とユシライヤが言ったのに続き、誰もエニシスを責めるような事はなかった。

 彼らの目前に光が現れた。日の光だ。木々が負い目を感じ後退するかのように、生い茂る森は終わりを迎えようとしていた。
 迷いの森という通称が嘘であるかのように、一行はすんなりと森を抜ける事が出来た。人が通れるような道は、枝分かれの一切無い一本道だった。何故あの時はさ迷い続けたのか、過去の自分達に問いたいくらいだ。

 聳え立つ王城。その威厳に従うように広がる城下町。それらを囲む石壁は、言わずもがな、外界との隔たりである。
 エルスは足を止めた。懐かしいと思うよりも、まるで新しい景色を見ているかのように錯覚した。そこは孤独に見えた。その中に籠っていた彼自身を含めて。
 孤城で苦しむ母の姿が、エルスの脳裏に浮かび上がる。
 今では獣の姿になって籠の中で寝息を立てているファンネルは、王都へ戻ることを快く思っていないようだった。家族というものを形成しない彼らには、事の重要性が理解できなかった。それはターニャも同じだが、以前エルスが母への思いを語ったのを聞いていたせいで、彼の急く気持ちも伝わってきたのだった。だから、「先を急ぐべきだろう」といい顔をしなかったファンネルを説得したのは、ターニャだった。

「急いで下さいエルスさん。きっと……いえ、必ず間に合いますよ」

 この地で異端であるという認識を持たれているターニャ達は、面倒事になってはいけないからと、王都の外で待っている事にした。エルスはユシライヤだけを側に、母のもとへ向かった。

 混乱に乗じた王都では、他人の目をすり抜けるのは容易いものだった。大通りでは人が溢れ、王妃への謁見を懇願した。せめて一目だけでもと。そう、王都の人間は誰もが皆、口にさえしなかったが、王妃の最期を悟っていたのである。
 そんな状況に耳を塞ぎ目を背けたくなるエルスに、壁のようにして寄り添う従者。支えられてもなお倒れそうになるエルスだが、目指す場所へと駆ける脚だけは、止めなかった。

「母上は、僕の前ではいつだって元気だったんだ。僕のことばかり心配してた。みんなが言うような状態じゃないんだって思ってた。……でも」

 絞り出すような彼のか細い声は、空気に触れては消えていった。

* * *

 騎士の制止を振り切り、シャルアーネは寝台から自らの身を引きずり出そうとしていた。
 自分の身体の事は自分が一番良く解っている。これを最期の力だと言うのだろう。幼い頃から付き合ってきたその脆弱な身体に、起き上がれと命じた。こうしてただ、寝ているわけにはいかなかった。

「迎えてあげなければ……。わかるの……あの子が、帰ってきているのよ。いいえ……そうじゃないわ。ああ……リオ、そんな所に居たのね……」

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