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 彼の髪の毛を思わせる、白銀の毛並み。兎のような長い耳を持つが、どちらかというと猫に近い体つきである。ターニャがしゃがみこんでそれに触れると、小さな前足が彼女の手の甲を叩いた。肉球が柔らかい。
 ターニャは抑えきれなかった。

「創始者様、か……可愛いです……!」

 その後、ターニャは頬に傷を作っていた。猫のような爪で引っ掛かれてしまった。彼女は失言をファンネルに戒められたのだ。彼が言うには、

「立場をわきまえろ。それを理解できているなら、自ずと俺にそぐわない言葉を回避できるはずだ」

 との事だが、彼の変化はターニャの想定外の事であったので、無理はなかった。
 ファンネルは今、ターニャの腕の中で丸くなり、寝息をたてている。ずっとこのままでいてくれれば確かに可愛いものだ。


 イースダインから程なくして辿り着いたのは、白銀の聖都シェリルだ。ユリエ教の件があり、エルスらにとって正直あまり近付きたくない場所ではあるが、厳しい気候の中で短い間でも休息をとれるなら、それに越したことはない。それにユシライヤも、剣を新たに調達しなければならなかった。
 無垢な雪の白さは人々の心を洗い流すかのように降り続ける。だが、不相応な黒き紋章を奉る聖堂もまた、この街の象徴の一つであった。そのユリエ教は、指導者を失ったことで崩壊したと街の人間が言っていた。教会やその周辺は立ち入りを禁じられ、フリージアの兵士が数人で見回りをしている。

 だが、シェリルでの変化はそれだけではなかった。静かな街だったのに、外を歩く人の多さが、前とは比べ物にならないのだ。

「何かあったんでしょうか」

 武器屋から戻ったユシライヤが、周囲に目を配る。道行く人々は皆、焦りや憂いの表情を浮かべているように見える。どうやら華めかしい賑わいの様子ではないのだ。

「あの、ユシライヤさん、あれ……」

 ふと、エニシスが彼らの持っている共通のものに気付いた。何やら人物の絵が描かれた紙を持っているのだ。
 手配書か。ユシライヤはそう思った。以前配られた物はロアールが偽物だと見破って事なきを得たが、外出の制限がされている第二王子を勝手に連れ回し、行方を眩ませているのだから、王国が彼女を反逆者だと手配したとしても不思議ではない。
 無論、エルスにとっては必要だと判断した上での行動なのでユシライヤに後悔はない。だが、もし捕らえられれば−−彼女は自分がどんな罰を与えられるか、知っているのだ。だからこそ、もう国に屈する気は無かった。

 今更か、と思いながら、ユシライヤは自身の目立つ髪色を腕で隠しながら周囲を見渡した。すると、人々の視線を集めるそれとおそらく同じであろうものが、建物の外壁にも貼られていたのだった。
 すぐさま近付き確かめる。それは、ユシライヤが恐れたようなものではなかった。だが、

「エルス様……大変です。今すぐ、王都に戻りましょう」

 エルスの抱いた疑問は、驚きで声にならなかった。従者の方からそういう提案をしてくるとは思わなかった。彼女がそう言うなら、そうしなければならない切実な理由があるはずだから。
 ユシライヤが一歩後退し、エルスに歩むべき場所を作る。彼はその事実を確認した。

 −−同盟国であるベルダート王国の王妃、シャルアーネ=フェル=ベルダート妃殿下、危篤状態である−−と。



_Act 5 end_

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