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「おや、モニカお嬢ちゃん。浮かない顔を見るに、期待通りの成果は持ち帰れなかったってことだね」
帰還した途端に向けられたのは、そんな言葉だった。何故彼女が楽しそうにそう尋ねるのか、モニカには理解し難い。
「リナゼ。それは貴女も同じでしょう。大した情報を持ち寄らないまま、徘徊しているようですが」
「あたしにはあたしのやり方があるからね。お嬢ちゃん、勘違いしないでおくれよ。あたしはあんたの仲間じゃない。互いの目的の為に、足並み揃えてやってるのさ」
モニカは下唇を噛んだ。二人の目的を辿れば同じ人物に行き着くはずなのに、リナゼは『互いの目的』と表現する。それではまるで協働ではなく競合だ。
彼女には潜伏場所としてこの空間への鍵まで与えてやったのに、我が物顔で監視室の椅子に腰を下ろしている。本来そこには父が座るべきだと言うのに。それのみか彼女は、所員には何も告げずに自由に出入りを繰り返す。隠匿が信頼を失わせるのが、理解出来ない訳ではないだろうに。
「私が得たものは、全くの無意味ではありません。完全体に対抗するには、多くの検体は必要不可欠ですからね」
眼下の現場を眺めて、リナゼは顔を歪ませる。六列の細長い通路の中に、無数の寝台が狭苦しく置かれている。性別も年齢も不揃いに並べられた、『順番待ち』の人身の数々。眠っているのか、死んでいるのか、判らない。それを少女はなおも増やし続けると言うのだ。
モニカは懐から何かを取り出した。掌に収まる大きさの瓶型の容器だ。彼女がそれを床上に投げ捨てると、割れた瓶から溢れ出たのは、空気をも歪ませる黒い影−−それが霧のように消え入り、現れたのは一人の少年と、小さな石塊。モニカは石の方を『核』と呼び、人間の方を『器』と呼んだ。
「ではリナゼ。これを共鳴する紋章の元へ導いてくれますか」
器は例の寝台へ、核は別の場所へ運ばれる。元々同一であったものは、ここで分断される。そして別のものと入れ替えられる。モニカの言葉をそのまま引用するならば、『共鳴に成功する』まで、幾度も繰り返す。
ガーディアンであるリナゼならば、その共鳴を容易く見分ける事が出来た。その点では、彼女は組織にとって有用である。
リナゼは気の進まない針路を歩み出す。それが探し求める近道であるかもしれないから。皮肉なものだ。ガーディアンであることの煩わしさから逃げ出したも同然なのに、これではミルティスに居た時と同じだ。
しかしその足取りは、思い掛けないところで引き止められる。突如として彼女の進行方向から溢れ出た眩い光だった。
「リナゼ……何ですか、その反応は?」
モニカは詰め寄った。これは『共鳴』とは異なる。
「……へえ。懐かしい奴に出会えたもんだね」
白光の出所を、リナゼは掬い上げた。白く塗られた石屑のその中から、隠された本質を見透かすかのように。
「モニカお嬢ちゃん。こいつはあたしが貰うよ」
「何を勝手なことを……!」
「いや、元々あたしのものだった。返してくれ、が正しいね」
掴み取った物を、掌の上で転がす。愛しさとは違う視線で、見惚れるように眺め続けた。
「こんな形で再会できるなんてね……あんたは望んだかどうか、わからないけど。ねえ……ジールバルト」
_Act 11 end_
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