ツンデレラ

 手短に言おう。武闘会が開かれる事となった。
 武闘会と言えど、偽物の剣を使用させるなど規制が多く設けられていて、一般人にも参加の機会を与えている。いわゆる見世物のようなもので、優勝者には賞金が与えられるのだ。
 辺境にあり、特にこれと言った観光名所も無い、加えて国王が行方不明のまま放置されているという小さな王国ベルダートには、みんなの気持ちが高ぶるようなイベントでもやらないと人が来てくれはしない。

 武闘会という晴れ舞台への出場、それは騎士を目指す者、自らの力量を見極めたい者であれば誰しもが憧れるものだ。
 そんな中、ベルダート騎士団で唯一の女性であるユシライヤも参加を表明していた。賞金が欲しかっただけだった。

 だが、彼女は参加を諦めざるを得ない状況にいた。
 実は日頃から意地悪な上司シェルグと冷徹な騎士団長ロアールから冷たくされ続けていて、今日も朝っぱらから二人に雑務を押し付けられたのだ。

 使える騎士はお城の中へ、そうでない騎士は迷いの森に配備だぞ――シェルグの命令が、今でも幻聴となってユシライヤを襲う。
 迷いの森担当になる騎士から非難の集まりそうな仕事だ。そういう用事ばかりを部下に押し付ける上のやり方は理解出来ない。
 それだけではない。不満を爆発させ暴れて逃げ出さないようにと、武器や防具その他仕事に関係の無い道具は、シェルグ達しか場所を知らないと言われる秘密の格納庫に鍵を付けて仕舞われてしまった。彼女は抗う術をも奪われていたのだ。

 悪意に満ちた世界。それを払拭出来ればと、ユシライヤは冷たい夜風に当たろうと窓を開けた。

「ユシライヤさん。私は貴女を救う為に此処に来ました」

 窓が開く=そこから外へ脱出出来るのだが、ユシライヤがそれに気付けなかったのは、彼女が夜の静けさを好んでいて、まるで時間が止まったかのような、たった一人の世界を堪能するのが至福であったからだ。

「ユシライヤさん。私は貴女を救う為に此処に来ました」

 と、魔法使いのターニャが二度目を言い放ち、やっとユシライヤが気付いた。彼女はいつの間にか部屋に入ってきているのである。
 本来ターニャは天上人であり、凄い能力を持っている種族なのだが、詳しくは説明も長くなるしその設定もパロディでは意味は無いので、今回は魔法使いという名目で登場してもらった。

 魔法使いのターニャは、ユシライヤの為に転移術の円陣が張られたカボチャの馬車型瞬間移動装置を用意し、武器にはガラスで出来た双剣をくれた。そして防具には相手を油断させるであろうヒラヒラ付きドレス型プロテクトアーマーを準備して貰った。

「これで貴女は向かうところ敵無しです」

 魔法使いのターニャは完璧な勝利を約束した証に親指を立てた。
 同じ仕草を返すユシライヤ。その約束を受け取ったという無言のサインだ。優勝という二文字は彼女にどれ程の重圧を掛けたことだろう。それでもサイン返しが出来たのは、自信と、ターニャへの信頼と、計り知れない金銭欲が有ったからだ。

 ユシライヤはドレス型アーマーを翻し、馬車型装置に乗り込もうと嬉々としてステップを踏んだ。
 一瞬、何かに引っ張られたような感覚がして、「何事か」と思う間もなく、次の瞬間には地面に勢いよく顔面を強打していた。年甲斐もなく前傾でスッ転んでいたのである。恐る恐る、自らを恥辱に追いやった正体を見れば、カボチャの蔦っぽい部分に裾が引っ掛かっていたというだけだった。
 アーマーは固いものだと、動くときに邪魔にはならないだろうと、先入観で油断したのはユシライヤ自身だったのだ。
 しかし彼女の中では、勝手ながらターニャへの信頼の一片が欠けた音がした。


 とは言え、魔法使いの力はとても役に立ったようで、ユシライヤはサクサクとライバル達をなぎ倒していき、観客を圧倒しつつ、ついには決勝戦まで勝ち進めた。

 決勝の相手にはジールバルトという名の男が立ちはだかった。ユシライヤの友達……いや、仲間……いや、知り合いだった。
 彼はおそらくとっておきの一張羅であろうパリッパリの衣服を身に付けていて、まるでどこかの夜のパーティーにでも来たかのような雰囲気が漂う。武器すら持っていない様子だ。一言で例えるなら優雅。もう一言加えるなら場違い。

「実は今日、踊って踏むと書く方の舞踏会だと思っちゃったんですよね。本当に僕は他人より想像力が高過ぎて反省してます。雨に流されたいくらいです。でも、なんだかこうして二人並ぶと、本当に舞踏会になっても良いかなぁ、なんて……。観客の皆さんからはきっと、僕達お似合いに見えますよね、えへへ」

「舐め腐りやがって」

 勝利を切望するユシライヤには、ジール(名前が長いので略)の言動はただふざけたものにしか思えなかった。この際だから言うが、男のくせに腰にまで伸びる長髪の三つ編みが可愛くて、ユシライヤは気に食わない。
 彼は知る由もない、ユシライヤが着用しているのは舞踏会用ドレスに見えて武闘会用プロテクトアーマーなのだ。そういえばさっき転んだ時に擦りむいた膝が痛むなと思ったが、それでもプロテクトアーマーなのだ。

 これなら楽勝だ。決勝の相手がこれなら勝利は確実だ。戦いが終わって一番最初にやりたい事は決めてある。紙幣に埋もれて漬け物になりたい。
 だが、その男が決勝まで進んでこられたのにはそれなりに理由があった。

 彼が、何やらボソボソと普段の会話では相手にしてもらえないような異質な言葉を呟き始めると、彼の手元で空気が蠢き、暗黒に変わっていく。その暗黒球はジールの言葉にシンクロして次第に大きくなっていき、意思表示をしているかのように異様に蠢いた。魂が宿っているようにも思える。

「波(は)っ!」

 溜めた『気』を波に乗せ、ジールはユシライヤ目掛けて暗黒球を放つ。
 寸前で避けたものの、ユシライヤの背後、その暗黒が墜とされた床上は、無慈悲にも破砕された。
 観客席にどよめきが起こった。その暗黒の力を「魔術」と呼び、恐れているのだ。
 なんとそのジールも、魔法使い――いわゆる残虐な魔族の血を引く存在だったのだ。

 器物破損パフォーマンスに結構時間がかかっていたのに、何故ユシライヤは寸前まで呆然と見ていただけだったのか。それは、ターニャの魔法の助力で這い上がってきた事を棚に上げ戦慄を覚えたからだ。
 彼女はあまりの恐怖に、思わずガラスの剣を一本落としてしまった。
 ガラスとはなんと儚い代物だろうか。地の上に逆らえない口付けを余儀なくされたそれは、呆気なく粉々に飛び散ってしまった。
 だが、剣を二本持っていた彼女には何の問題も無かった。思えば二刀流の剣技など習った事も無かったので、逆に都合が良いくらいである。

「じゃあ、ここから本気を出すとするか……!」

 片手で扱うべき剣を両手持ちし、威力を高めようという作戦だ。
 ロイアット流の構え。即席なので、自信を保てないその両腕は小刻みに震える。

 ジールは怖じ気付く事もなく、ずいずい歩み寄ってきた。

「な、何故……避けたのですか? 僕の想いを受け止めてはくれないのですか」

 彼の感覚では、攻撃とは『想い』として表すらしい。病的なまでに彼は根っからの戦闘民族だ。
 観客がどよめき見守る中、ジールを相手にロイアット流剣技は披露される事は無かった。構えた後の一手は考えていなかった。そもそも心優しいユシライヤには、戯れに命を脅かすような真似は出来る筈が無いのだ。

 ジールの次の一撃によって勝負は決まってしまう――観客は生唾を飲み込んだだろう、だが幸いにもそれは現実とはならなかった。
 彼はそのままユシライヤの横を通り過ぎ、地に墜とされた想いを拾い上げた。プスプスと音を立てて、放ち手の掌の上で苦しみにもがいている。
 ジールはそれをユシライヤに拡げて見せた。
 彼女は初めて知る事となる、その暗黒物質が文字で出来ていたことを。単に黒い塊かと思っていたのは、なんとフキダシの中の台詞だったのだ。
 そこには、一文字ずつ順番に、「ダ」、「イ」、「ス」、「k」……と書かれている。

 ユシライヤは赤面した。大切な告白を、時と場所を間違え更に焦った故に誤字った相手に恥ずかしくなったのだ。
 全身が熱い炎で煮えくり返ってしまうかと思った。ユシライヤは耐えられず、その場から逃げ出すように踵を返した。
 すると、ずん、と地に引っ張られたかのように彼女の身体は崩れ落ちる。
 重い想いによって空いた舞台上の穴の中に、ガラスの靴の踵が突っ掛かってしまったのだった。

 流石のユシライヤも今となっては札束風呂が頭から消え去っていた。それよりも早くここから逃げ出さなければ、本編の連載中に二人の仲を問われては困る。
 必死にあがいて、穴から片足を掴んでいた手をなんとか振りほどき、ユシライヤはその苦悩から脱出する。
 ようやく自由になった足からはガラスの靴が脱げていた。ガラスの破片は怪我をしたら危ないので素手で触れないようにと母から教わっていた。魔法とてその危険は同一。壊れやすいガラスとジールの想いを置き去りにしてユシライヤは駆け出した。


 人の夢とは儚いものだ。
 ユシライヤは途中退場で棄権となり、惜しくも優勝を逃した。数年越しの悲願は叶わなかった。
 結局仕事をサボったのもバレてしまい、シェルグはここぞとばかりにユシライヤに雑用を押し付けてきた。シェルグに忠実な騎士ロアールは、彼に無言で付き従うだけであり、その姿はまるで心無き機械人形の如し。ユシライヤは逆らえなかった。
 顧みればこの仕打ちは、自らの過ちに気付かせる為の創始者からの賜り物であろう。現状への不満からただ逃げ出そうと、魔法に頼り、夜更かしをしては幻想や妄想の世界に耽ってばかりいた。
 彼女は今回の件で学んだのだ。欲に溺れてはいけない。真面目に働いた稼ぎ分で倹約し、身の程をわきまえた生活をしていこうと。


 数日後、すっかり悲観的になりトボトボと帰路につくユシライヤの前に、魔法使いのターニャが現れた。

「なんだよ、魔法使いとか言っちゃってさ。道具も全然役に立たなかったじゃないか」

 ブー垂れて口調も変わってしまったユシライヤは、さながら猫型ロボットに責任転嫁する小学生のようだ。それでも、猫型ロボットはいつだって、彼の未来の為に、優しく時に厳しく小学生を諭すのである。

「ごめんなさいユシライヤさん。私が悪かったんです」

 思いもよらぬ謝罪にユシライヤが反省の色を示すと、魔法使いは信じられない言葉を口にしたのだ。

「私は一度も魔法など使ってはいません。そもそも使えません。天上人の紋章術はそんなに万能ではありません」

 即ち、オレ魔法使いオレ魔法使い詐欺だった。
 ジョブを騙った少女は言った。

「アーマーと呼んでいたのはただのドレスでしたし、剣も靴もただのガラスです。そういえば転移術も使っていません。現に貴女の馬車は遅刻しそうだったじゃないですか。決勝まで勝ち進めたのは貴女自身の実力だったんですよ」

 褒められて頬が緩んでしまったが、彼女が詐欺師である事を知ったユシライヤは、財布の紐だけは緩めないようにしようと誓った。

 ほんの些細な事でさえ、形作られた信頼が跡形も無く欠け落ちる切っ掛けともなり得る。
 ターニャの場合はその切っ掛けを二重三重にしてユシライヤに与えてきたのだ。幾度もダメージを与えられ粉々になったピースで完全に形を修復するのは大変困難だ。一生絶交だと言われるリスクも背負っている。
 ターニャがそれをも厭わなかったのは、初めから彼女の全てが偽りだったからなのか?
 否――彼女はたった一つのブレない想いを真実とする為に、敢えて嘘をつき続けたのである。

「ユシライヤさん、貴女には最初から私の力なんて必要無かったかもしれません。だからこそ貴女に気付いて欲しかった。私は二度も言いましたよね。何の為に会いに来たかを」

 あなたを救う為に此処に来ました――それは、本編でのターニャがエルスに出会った時に放つ言葉で、つまるところが相手が異なるだけの使い回しの台詞だった。
 それでも彼女は、それこそが心から願った嘘偽り無き本心だと主張する。

「私は知っています。貴女が今まで思い描いていた幸せが、もうじき訪れるという事を。さあ、家に帰れば自ずとわかります」

 ターニャはそれだけ言うと、点描を背景に満足したように微笑んだ。
 すると、彼女の足元に複雑な紋様が描かれた光の円陣が浮かび上がる。転移術だ。円陣から光の粒子が幾つも現れ彼女の全身を覆うと、次の瞬間、ターニャは刹那にして姿を消してしまった。
 彼女はこういう演出に関しては力を惜しまない性格だった。


 一方、転移術とかいうコジャレたものを使役出来ないユシライヤは、自分自身の脚で2時間かけて家まで帰ってきた。普通なら1時間で辿り着く距離なのだが、何せ片足はガラスの靴が脱げているのだ。左右で6cmもの違いが有れば、非常に歩き辛く2倍もの時間がかかってしまったのも頷ける。
 困難を乗り越え安息の地に帰着すると、そこには普段居るはずの無い人影があると気付く。

「ユシライヤさん。貴女を待っていたんです」

 彼は普段から最上級礼服を着こなしているに違いない。場違いな雰囲気を纏ってみすぼらしい家の前に立っていたのは、カットアウェイフロックコートを着用したジールだった。
 あのような事があったので、ユシライヤはまともに相手を見られずに顔を俯かせた。別に好意を持ったとかで恥ずかしい訳では決してないんだからね!

 すると彼女の視界に、薔薇、桃、ブーゲンビリアといった、愛の告白にオススメの花言葉の本から選び抜いた種類の花束が差し出された。
 良く見れば花に混じってクラフト封筒が忍び込ませてある。不思議に思ってユシライヤがすかさずその封筒を取り出し封を開けると、中に入っていたのは紙……勿論ただの紙ではない。紙幣だ。然り気無く添えられていたメッセージカードには、「貴女に捧げます」と書かれていた。
 なんと武闘会で優勝し多額の賞金を得たジールが、ユシライヤにその大金の使用権を与えてくれるというのだ。
 因みにカードのメッセージはその続きに、「なのでお付き合い宜しくお願いします」とも書かれていたが、照れ隠しの為か見えるか見えないか位の小さい字だったので、ユシライヤが気付いたかどうかは不明だ。

 ターニャが去り際に告げた言葉を思い出す。自分にとっての幸せとは何だったのか、忘れてはいけないものが有ったのだ。
 ユシライヤは顔を上げる。ジールの瞳はあまりにも真っ直ぐで、さっき「学んだのだ」とかカッコつけて自分を偽るつもりだった事が急にアホらしくなった。
 ターニャは優しさから嘘をついたというのに、自分の偽ろうとした理由といったらただの弱音だ。ユシライヤは自分が情けなく思えて泣いた。

「ユシライヤさん、泣いてるんですか!? 僕とのお付き合い、そんなに感激してくれるなんて、僕も嬉しくて何と言ったら良いか……。あああ、でも、ちゃんと言いますね。ええと、」

 一人はしゃぎだしたジールの言葉のその先は、別の意味で泣きじゃくるユシライヤにはほぼ聞こえていなかった。
 よって、彼の一生一度のプロポーズの言葉を彼女はしっかりと覚えてはいない。


 ――だが、それも今となっては二人の間では思い出の笑い話。
 あれから20年。生粋の戦闘民族一家は、律儀にも毎年開催される武闘会に夫婦で参加しては優勝をかっさらい、豊かな賞金生活を送っている。
 田舎の小国だと自虐的に思っていた故郷ベルダートの経済力に、今は感謝するばかりだ。そういえば行方知れずのリオ王に代わり、弟であるシェルグが王座に就いたと聞くが、もうそんな事はどうでもいい。

 幸せへの近道は、見過ごしてしまいそうな身近な所から続いているのかもしれない。
 きっとターニャもそれを言いたかったのだろう。

「現状に不満があるなら、飛び出せば良いじゃない」

 後にユシライヤは『導く者』とも呼ばれ、後世に渡りこの言葉を残していくのである。


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