バトラーの悪酔い
「気持ち悪い」
そんな言葉が聞こえた瞬間の空気の固まりようと言ったら。
皆(というか私とご主人以外)がギャアギャアと騒いでいたのに
ピシリ、そんな音が聞こえそうな感じだった。
まさか、と思ってレイさんを見ると口元を手で押さえ、顔も青ざめている。
「き、気持ち悪くてごめん、ホント、息しないよう気をつけるよ……だから嫌いにならないでよ!!」
「シンジさん違います!レイさんは気分が悪いんです!決してシンジさんに言ったわけじゃないんで泣かないでください!」
「レ、レイ、トイレよ!トイレ!!ハウス!ハウス!」
「姫ェ、犬じゃないんだから。」
「大丈夫かい?立てるかな?」
そんな皆が慌てふためく中、ご主人だけが冷静にレイさんを立ち上がらせ、背中に手をまわし支える。
「あ、ご主人、私がレイさんをトイレに連れて行きますよ。女子同士ですし……。」
それもそうだね、と苦笑いでご主人が複雑な顔をしていたので
彼と変わりレイさんの背中へと周る。
幸いトイレはすぐ近くだ。それまで持つかはわからないけれどフラフラと歩く彼女の背中を支えながらトイレへと向かった。
しばらくレイさんはトイレから出てこなかったので水と柑橘系の果物を取りに行こうと部屋を開けたら
「わああああ!ななななにをしてるんですか姫!」
「見てわかんないの?踊り飲み。」
「踊り飲みってなんですか!わー!わー!ご主人の顔が赤くなったり青くなったり!」
急いでご主人の口に刺さっているワインの瓶を姫の手から奪い取る。
瓶は床に置いてポケットからハンカチを取り出し、ご主人の口の端から溢れているワインを拭き取る。
あれ、赤ワインだったら白ワインでシミ抜きできるんだっけ?
酔いが覚めたらシンジさんに聞いてみよう。
「ご、ご主人、大丈夫ですか……?」
「んぐ……、ワインで溺死する、かと思ったよ……、そういえば名前さん、レイは大丈夫そうだったかい?」
「あ、私レイさんのためにお水取りに来たんだった。」
コップを取り、キッチンへと向い水を注いでいるとシンジさんが今にも泣きそうな顔で何かを差し出してきた。
中を覗き込むとフルーツの盛り合わせだった。さすが、シンジさん。悪酔いには何がいいかを知ってらっしゃるんですね!
「これ僕からって言ってて。」
「貴方好感度上げるのに必死ですね!!男らしさは出張から帰ってこないんですか?!」
「辞表を出してきたよ。」
「雇用してたんですか?!」
シンジさんはどうやら酔うとボケるらしい。実はいつもボケたいけれど押さえてて、酔ってしまってタガが外れちゃったとかかな?
シンジさんにお礼を言ってトイレに向うとちょうどドアが開いた。
「レイさん大丈夫ですか?」
「……平気。」
全然平気って感じがしないけれど、さっきよりは幾分か顔色が良くなっていた。
なんだかこの意地っ張りな感じ、嫌いじゃないかも。
なんて笑っていると不思議そうに顔を覗き込まれたので、あそこに座りましょう、とトイレの前の椅子に座ってもらった。
「ごめんなさい。」
「え、何がですか?」
「迷惑かけた。」
「いえいえ、そんな。でもどうしてお酒そんなに強くないのに飲んだんですか?」
ちょっと気になっていたんだ。悪酔いする、ということはお酒がそんなに強くないということだ。
彼女は私よりも年上だからお酒を飲んだのは私よりも多いはず。
自分の限界も知っていそうだけれど……。
レイさんはお水を一口飲むとふうと一息はく。
「みんなが楽しそうだったから。私も飲めばきっとポカポカできそうだと思ったから。」
「レイさん……。」
でも私飲んでませんよ?って茶々を入れるのはやめておこう。ただ絡まれただけです。
そんな風に考えて無理に飲んでいたんだ……。
「じゃあ飲むのを止めたりしませんので軽くアルコールが入っているのを飲みましょう!シンジさんだったら作ってくれますよ!とびきり甘くてふわふわするようなお酒を!」
「使えるの?碇くん。」
「使えるって酷いなあ!」
今度はレイさんを悪酔いさせないように、そして雰囲気に酔わせるようにしないとね。
私たちは未だに騒いでいる部屋へと戻った。
その宴は夜遅くまで続き、皆いつの間にかその場で眠り宴は終了を迎えた。
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