▽ 七夕まじっく
今日は学校から帰ると本部に大きな存在感を放つものが談話室に置いてあった。
それをじっと見上げる見慣れた後ろ姿に声をかける。
「名前さん。」
彼女の名前を呼ぶと後ろを振り返り僕に「おかえり!」と返事を返してくれた。
名前さんが見上げていたのは彼女の2倍近くあるであろう笹だった。
その笹には色とりどりの短冊と何かの飾りが飾られている。
「そういえば今日七夕でしたね。ネルフはこういったイベント事もするんですね。」
「うん、なんか軍の中に笹があるのは異彩だけれどね……。でも気晴らしにはなってるんじゃないかな?私もちょっとワクワクしてるし。」
その手の中には薄い黄色の紙とペンが握られている。
どうやらまだ願い事を決めておらず、みんなのを見てから書こうとしたところに僕が帰ってきたらしい。
僕が隣に立つと名前さんは遠くを指差す。
「あそこに見えるのが三課の室長なんだけれど『家に帰りたい』って……、なんか怖いお願い事よね。まるでさまよう霊のようだ。」
「本人に言ってみたらどうですか?」
「手伝わされるからヤダ。」
他のところに目線を合わせるとシンジくんの願い事も見えた。
薄い青色の紙に綺麗な読みやすい字で書いてある。
「世界平和、家内安全かァ…シンジくんらしいなァ。」
「ちょっと待って、どこ見て言ってる?!」
「ほらあそこ。」
指を差して教えてあげると彼女も見つけたのか眉をしかめじっとその辺を見つめる。
「よくあんなの見つけれたね……、高いうえに字が小さいわよ?ていうかなんであんな高いところに……。」
「それ名前さんの目が悪いからじゃないかな。あと加持主席監査官と一緒にいたんじゃないですか?シンジくんのことだから自分から進んではお願い事とか書かないかと。」
「あー。なるほど。」
名前さんは納得したのか二度ほど頭をこくこくと上げ下げすると自分の持っていた短冊をまじまじと見つめた。
他人のを見たのに願い事が思い浮かばなかったのか首をひねっている。
それか僕に見られたくないのかな、と思っていたら、ずい、と短冊を差し出された。
「…………、な、なんですか?ここに願い事を透明ペンで書いたから当ててみろってことですか?」
「どんな鬼畜よ!違う違う、これ一枚しかなかったから、私よりカヲルくんが使ったほうがいいなって。それにカヲルくんの願い事とか見てみたいし。」
「明らかに後者が本音ですよね?」
「バレたか!!」
僕が受け取る素振りをしなかったせいか名前さんは僕の胸元あたりに短冊とペンを押し当ててくる。
特に願い事も思いつかないし返そうとしても彼女も押し返してくる。
「名前さんの願い事ってなんですか?」
「聞いたらそれを書くつもりだろう!そうはさせん!私はカヲルくんの幸せを願う!!」
「はあ、それはどうも。」
「軽い!!」
「といわれましても……、じゃあ名前さんが幸せになりますようにって書きますよ。」
「それは嬉しいけれど、それじゃもったいないでしょお?!!!」
じゃあどうすればいいんだろう、と頭を掻きながらとりあえず頑固に押し付けてくる短冊とペンをもらう。
自分の幸せは別にどうとも思っていないので、本当に名前さんの幸せを願って書く、でいいのに……それじゃダメだというし……。……ああ、そうか。
「じゃあ、書くなら、一緒に幸せになりますようにってどうですか?」
彼女からの返答が無く、数秒の沈黙がその場に流れた。
その瞬間に自分が何を言ったのかわかってしまい顔に熱が集まるのを感じる。
まるで結婚の約束をしたかのような口ぶりになってしまった。
彼女にバレないようにと口元と頬を片手で隠す。
……七夕のお願い事は今のが聞こえてませんように、と書いてもいいかもしれない。
いや、多分彼女も真面目には受け取ってないだろう。
「!」
その名前さんの顔を横目で見たら、僕と同じようにしっかりと顔を赤くして固まっていた。
あれ、いつもと違う。いつも?いつもの彼女はどんな反応していたっけ。
そうだ、確か「そんなこと言ったってどうせ〜」みたいな返事がテンプレと化していたはずだけれど……。
まさか、素直にそのとおりに受け取ってしまうとは。
僕の頬もその事実に熱が上昇し続けている。
「その、名前さん……。なにか言ってください。すごく恥ずかしいのですが。」
「まって、私も照れてるから。もー……そういう不意打ちやめてよ。」
ますます好きになるから、そう小さく言った彼女。
ああ、もう、心臓がはじけそうだ。