▽ 24
なんだか変な夢を見たきがする。
カヲルくんの夢。
ふと気づくとその本人はいなく、彼をつつんでいた布団もなくどこかに収納されていた。
昨日言っていた通り、シンジくんの様子を見に行ったのかもしれない。
寝室から出ると予想に裏切られた。
カヲルくんは優雅に紅茶を飲んでいた。
「お、おはよ。てっきりもうシンジくんの所に行っているかと思ってた。」
「いや、行こうとは思ってたんですが、名前さんが総務部に行く前にご飯を食べるかなって思ってですね。せっかくだから他人との朝御飯というものを体験しようかな、と」
「なるほどね。なにか軽いもの作ろうか?」
冷蔵庫に何が入っているかわからないけれど、卵とか入ってるかな?
カヲルくんはよく食堂で見かけるから、もしかしたら何も入っていない可能性があるけれど。
そんな私の予想はまたしても外れたようだ。
カヲルくんが立ち上がり何かを持ってきた。
作ってあったみたい。
「か、カヲルくんの手づくり料理食べれるなんて……っ!もしかしたら私今日か明日死ぬかもしれない!」
「大げさな……まだ温かいので早く食べましょうか?」
トレーに乗っていたのはごく普通の朝食だった。
トーストに、スクランブルエッグ、ウインナーとヨーグルト。
ちなみにヨーグルトは女子力が高いのかちゃんと器に移してイチゴのジャムがかかっている。
ごく普通でも、すごく嬉しい朝食だった。
先日まではバタバタと過ごし、連日の使徒戦等で精神的にも肉体的にもボロボロになり
休みという休みを実感できなかったため、何か目にしみるものがある。
ぶに、と鼻がつままれた。
突然のことに目を白黒させながらつまんだ張本人のカヲルくんを見ると
いつもどおりの悪戯顔。
「知っているかい?ご飯は味覚や視覚だけではなく嗅覚でも味わっているんだよ。どうだい?実験として鼻を塞がれたまま食べてみないかい?」
「やです。」
「じゃあ、そんな悲しい顔をしたまま御飯を食べないこと。約束できるかい?」
こくり、と頷くとカヲルくんは手を放した。
畜生、この優しさ魔王め。目ざとく私の表情を見分けやがって。
余計にドキドキさせられるだろう……!
そんな私の気持ちを知ってか知らずか黙々とパンを頬張る彼。
時間もそろそろ危ないので急いで食べてお礼をいい、支度をして
カヲルくんより先に彼の部屋を後にした。
三課につくと、上司から部屋に入ると早々に「戦術作戦部作戦局一課に」とお達しが。
私に直接用があるとすれば……多分あの人だろう。
「総務局三課の苗字名前です。」
「あ、ごめんね、呼び出しちゃって。」
やはり、そこにいたのは葛城三佐だった。
ちなみに初対面です。噂はかねがね聞いているのだけれど。
「どういったご用件でしょうか?」
「そんなピリピリしないでちょうだい。別にちょっとしたお話だけだから。」
そう言うと葛城三佐は自分のテーブルに二つコーヒーを置いた。
座れということらしい。
無人であろう隣の椅子を借りて座る。
そういえば、彼女はもっと明るく朗らかなイメージだったけれど、
今日の顔はどこか覇気がない。
そんな感じで彼女の顔色を伺っていたら葛城三佐は大量の書類を目の前に出してきた。
「これ、『渚カヲル』の資料なの。貴方が今監視をしているね。」
「……なるほど、状況が読めました。彼の情報、ですか?」
「話が早くて助かるわ。貴方にはこちら側に巻き込むわけにいかないからこれ以上は言えないんだけれど。フィフスチルドレンはなんだか貴方に懐いているらしいし、今は同棲までしているんでしょ?」
「ええ、まあ、彼のご好意で。……ひとつ、聞いてもいいでしょうか?」
「黙秘する場合があってもいいなら聞いても構わないわ。」
「加持、リョウジ一尉の件でしょうか、こちら側というのは。」
黙秘。
……だがしかし、彼女の表情が一瞬だけれど、キツイものに変わった。
それは私怨を含んだ女の表情と、何処に向けたらいいかわからない時の怒りの表情。
そう、その表情で十分です。
葛城三佐がカメラから背を向けて座っているのはそういう表情を見せないためだろう。
……電話が繋がらないのはやっぱりそういうことか。……そっか。
「貴方、そういう顔をすると随分子供っぽいのね。」
「そういう顔をしていました……?いけませんね、最近カヲルく……、フィフスチルドレンにも心配をかけているようで。」
熱いままコーヒーを悲しみと一緒に喉に流し込んだ。
かなり熱くて噎せそうになったけれど、ごちそうさまでした。と言って席を立つ。
「葛城三佐、その話、お受けしてもいいのですが、ただ私は彼に特別な感情を抱き、色眼鏡をかけております。」
そういってペロっと舌を出して笑ってみせた。
私が出たあとにドアがしまると「ええええ!?」と絶叫が聞こえてきた。
今までの緊張した空気が一気に壊れて少し笑ってしまった。
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「……そうか……、やはり、動かなければいけないね。このままでは彼が危険だ。」
手すりに預けていた自分の身体を一旦引く。
一歩下がり、上を見上げると固定された紫色の機体。
「老人達の思い通りであり、碇総司令の目指すべき場所でもある。僕の道は決まっていたんだね。」
だからの特異点か。
ふと、自分の生きてきた場面が脳裏によぎる。
級友と過ごした日々、使徒を倒してきた日々、名前さんと過ごしてきた日々。
「リリンは素晴らしいものだ。僕に新たな感情を産みだしてくれた。必要のないものだと思っていた心情だ。」
自分の胸元へと手を持っていく。
コアが埋め込まれているであろう場所に。以前、彼女が触ろうとした場所に。
「ニンゲン、か。」
さて、帰ろう、きっと彼女との夕飯も楽しいものだ。
目から流れるなにか冷たくも温かい何かを拭い、彼は足を進めた。