監禁をしたいと思ったことがあるだろうか?
僕は数ヶ月前までそんなことを微塵も思った事がなかった。
監禁なんて物騒だし、なにより相手を怖がらせるなんてもってのほかだ。
でも今の僕はどうだろう。
それとは真逆のことを考えているかもしれない。
怖がらせるということはしないけれど。
「渚先輩。おはようございます。」
「おはよう。」
小鳥の鳴くような声。愛らしい手。小首をかしげる名前は囲いたいと思うほどだ。
もしも彼女を監禁したらどうだろうか。
もちろん彼女は僕のことをひどく毛嫌いするだろう。
「何読んでいるんですか?」
「これ?神話だよ。」
「神話……、私有名どころしか知らないんですよね。ナルシストの語源になった神様とか……。」
「ああ、自分の顔に惚れてしまって亡くなった人だね。あれは確か神様ではなく普通の少年だった気がするけれど……。」
ああ、そうかあ……、と名前は自分の唇を爪でつまむ。
……確かそのしぐさは……、恋愛上手な人がするしぐさだったかな?
あまり、そっちのほうは不得手のほうが僕にとってはうれしいのだけれど……。
しかし、監禁かァ……。
もしも監禁をしたら彼女の私生活に密着できるということだよね。
ごみだって、僕が捨てにいける。彼女のものは捨てるなんてもったいないから一度確認してから捨てよう。それこそ、爪のひとかけらまで僕のものになるのだからね。
ずっと取っておくのはできないだろうから一つだけ取って、他はちゃんと捨てよう。
古くなったらまたごみを拝借して新しいものにすればいいし。
「面白そうな神話ありますか?」
「そうだねぇ……。」
神話には割りと恋愛系……というより下世話な事が多いからあまりそちらには興味を持って欲しくはないのだけれど……。
差し支えない、有名所を教えてあげると名前は屈託のない笑顔で僕の話を聞いた。
こんな彼女を手に入れる、なんて考えすらおこがましいのだけれど、
いかんせん、僕も男として生を受けている。好きな人を手中に収めたいという欲望があるのだ。
「渚先輩っていろいろなものを幅広く知っていますよね。」
「でも面白いと思ったものは覚えないかい?たとえば……」
名前が今使っているシャンプーの成分とか、昨日名前が食べた夕食のカロリーとか、名前が好きなバンドの名前の由来とか。
そういったものが一番最初に出てきて、これは例えにならないなと考えを打ち消す。
僕のたとえを待っているようで不思議そうに僕を見ている名前。
「たとえば、覚えなくてもいい雑学とかさ。世界一長い駅名はイギリスの『ランヴァイル・プルグウィンギル・ゴゲリフウィルンドロブル・ランティシリオゴゴゴホ駅』とか。」
「ぶはっ!……オゴゴゴゴ……!」
「オゴゴゴホ。」
「やっ、やめてください……、お腹痛い……っ!」
思った以上に楽しんでもらえたようだ。
僕がこんなことを考えているのに、名前はどこまでも純潔で白いんだね。
汚したくなると感じると同時に手を触れてはいけないものなんだとわかるよ。
「というか渚先輩はよくそれを覚えれましたね……っ!」
「こうやって何かの話のネタになるかと思ってね。実際に苗字さんは気に入ってくれたみたいだしね。」
「私は渚先輩のようには覚えれませんけれどね……。」
何の話をしていたんだっけ。ああ、監禁の話か。
監禁すると刑はどれくらいだったかな。
「僕は必死になって覚えたよ。」
「必死に覚えたんですか?!」
頭で思っていることと、話していることが全く違うのはいつものことだ。
名前にはバレてほしくはないから。
ああ、でも名前を僕の彼女にできたら監禁とかできるのかもしれないな。
そんなことを思っているなんて彼女に悟られないように僕は顔に笑みを貼り付けた。