この世の終わりみたいな顔をして、影山は座っている。伏せられたあの綺麗な群青の瞳は、いつもよりも長い睫毛のしたで、色を失ったように見えた。俺はあの、強気に輝く群青が好きなのに。
目の前にいる俺なんて存在していないように、遠くの方を見つめている影山に少し腹が立って、少し乱暴に顎に手を添えた。そうすると少し影山の目に光が戻って、やっとこちらを見た。それに右手に握っていた口紅を影山に近づける。
「こっち向いて、動かないで」
影山はこちらの意図を理解したのかこちらに唇を軽く突き出すようにしてまた目を伏せた。俺はその薄い唇に口紅を当てて、はみ出ないように気をつけながら塗っていく。

影山が、一体どこの誰に何を言われたのか、もしかしたら何かを聞いたのかもしれないが、とにかく詳しいことは何も知らない。
俺は、ただ、あんまりにも影山がかなしそうに、くるしそうに、女ってなんだよ、と聞くから、なればわかるんじゃないって、適当を言った。それに影山は、なるってどうやってだよ、と顔をしかめたから、女装でもすればって、冗談のつもりで言った。そしたら、がっと腕を掴まれて、殴られるかも、と内心で危惧した。けど、その予想に反して影山は縋るように、頼む、と一言だけ口にした。そこで、冗談だと言えたら良かったのに、国見、と俺を呼ぶ影山があまりにも切実そうだったから、断れなかった。らしくない影山につられて、自分もらしくなくなってしまったみたいだ。
別に反故にしてしまっても良かったのに、そんなことする義理もないのに、そこらへんの店でかつらを買って、影山を自宅へ上げた。ちょうど両親は遅くなる日だったから、ちょうどいいと思ったのだ。
借りてきた猫を被ったようにおとなしい影山を適当に座らせて、母さんが昔着ていたのだというセーラー服と、化粧道具を拝借して、今に至る。

「できた」
顎から手を離して、腕を下ろす。ただ塗っただけの口紅はてらてらしてなんとなく気持ちが悪い。でも拭うことはせずに、俺は用意していた手鏡を影山に手渡した。影山はその鏡をじっと覗き込む。
あらためて見ると、影山はすごい格好になっていた。服のサイズなんてろくに合ってないからつんつるてんで、筋肉のついた腹は見えるし、スカートのチャックは全部閉まってない。そのスカートから伸びる脚も筋肉質だ。影山の髪と同じ、真っ黒のロングヘアのかつらは安っぽくて、ぱさぱさしてる。顔にはたいたファンデーションは蒼白な顔面だと顔を病的に白く見せたし、その上じゃあ、頬の血色を良く見せるためのチークも浮き上がるようで偽物臭くて仕方が無い。睫毛は不自然に長いし、ただ塗られただけの赤い口紅はてらてらと輝いて、ひどく不釣り合いだ。
それで、手鏡を持ったまま全く動かないものだから、つくりの悪い人形みたいだ、と思った。
じっと手鏡を覗き込んでいた影山は、やっとそれを持っていた手をおろすとらぼそっと呟くように言った。
「似合わねえな」
当たり前だろうが。女はもっと小さいし、柔らかい。それがお前みたいなでかくてがちがちの男に似合ってたまるか。
そう思ったけど、言えなかった。そういう風に言ったら、色々と、壊れてしまうような気がして。
ぽた、という水の落ちる音がして、はっとなって影山をみる。涙が、影山の目から流れていた。嗚咽するわけではなく、ただ流れていた。影山は悲しみも苦しみも、何もないみたいに、ただ涙をスカートに隠れ切らない膝に落としていた。その涙の跡のところだけ、化粧は落ちていく。
「なんで、泣くんだよ」
驚いてそう聞くと、影山は無表情に、胸の中心をぎゅっと掴んだ。真ん中の赤いスカーフの形がゆがむ。苦しそうに影山は言う。
「わかんねえ、」
目に浮かんでいるのは戸惑いか。涙のたまった目は、光にきらきらと輝きながら、ぐらぐらと揺れる。
「似合わねえのなんて、知ってたはずなのに、つれぇ、わかんねえ、くるしい」
そこまで言って、ようやく自分が苦しいことに気づいたかのように顔を歪めた。それにまた、ぱたぱたと涙が落ちる。今度は呻くような声も混じっている。
でも俺は、やはり貶すことも慰めることも出来ないまま、そうやって泣いている影山をただ見つめていた。


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